ロシアによるウクライナ侵攻が始まって以降、空前の地政学ブームである。地政学とは、地理的条件を起点に国際政治を考察する視点だ。
この地政学について、「地政学は大きく分けて二種類ある。そして、二種類の地政学の違いこそが近代の戦争の大きな要因の一つである」と語るのは、『戦争の地政学』(講談社現代新書)を上梓した篠田英朗氏(東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授)である。
二つの地政学とは何か、なぜ地政学の違いが戦争を生むのか、地政学とロシアの関係とはどのようなものか、篠田英朗氏に聞いた。(聞き手:関瑶子、ライター・ビデオクリエイター)
──本書には、二種類の地政学が登場します。
篠田英朗氏(以下、篠田):地政学は大きく二種類に分類されます。英米系地政学と大陸系地政学です。
英米系地政学を提唱したのは、現代地政学の祖と呼ばれているハルフォード・マッキンダーです。
20世紀前半、マッキンダーは地理学者として、ユーラシア大陸とその周辺の海洋国家の国際関係について研究をしていました。その中で、彼自身の祖国であるイギリスが海洋国家であることから、特に海洋国家(シー・パワー)と大陸国家(ランド・パワー)の違いに着目しました。
マッキンダーによれば、ユーラシア大陸の中央部には巨大な勢力を有するランド・パワー(ハートランド)が存在します。当時のロシア帝国です。ハートランドは南下政策をとり、やがてはシー・パワーを脅かす。そこで、シー・パワーはシー・パワー同志で連合体をつくり、ハートランドの拡張政策を封じ込めなければならない。
マッキンダーは、このような彼自身の理論に対し、地政学という言葉は一切使用しませんでした。英米系地政学という名称も後世になってつけられたものです。
地政学という言葉を最初に提唱し、一つの学問であるかのように打ち立てようとしたのは、ドイツの軍人兼地理学者のカール・ハウスホーファーです。彼もまた20世紀前半に活躍しました。英米系地政学に対し、彼の提唱した理論は大陸系地政学と呼ばれています。
ハウスホーファーが提唱した理論は、圏域思想と呼ぶべきものです。圏域思想によると、それぞれの地域に強大な力を有する覇権国家の影響力が及ぶ「生存圏」なるものが存在する。そして、それぞれの地域で覇権国家が自身の生存圏を拡大していくことは自然の摂理である、としています。つまり、覇権国家が他国へ侵攻することを、正当な行為であると考えているのです。
ロシアによるウクライナ侵攻は、英米系地政学と大陸系地政学の根源的な世界観の違いのぶつかり合いです。
【関連記事】
◎半分になったEUとロシアの貿易、地政学リスクで貧しくなる世界の先例か
◎中野剛志が語る、グローバリゼーション終焉後の混迷の世界を日本が生き抜く術