酒は「人間関係の潤滑油」と言われる。確かに会社の上司や部下、取引先などと酒を酌み交わし、本音をさらけ出すことで信頼関係を深め合えることもある。だが逆に、酒が入ったときの言動によって信頼関係をぶち壊してしまうこともあるのは読者諸兄もご存じの通り。同じことは政治や外交の世界でも起きている。上手に酒を使って仕事をした政治家もいれば、酒で取り返しのつかない失態を犯した者も……。そうした古今東西の政治家の酒にまつわるエピソードを集めた『政治家の酒癖』(栗下直也著、平凡社新書)が面白い。同書の中から選りすぐりのエピソードを紹介したい(JBpress編集部)。
(*)本稿は『政治家の酒癖―世界を動かしてきた酒飲みたち』(平凡社新書)の一部を抜粋・編集したものです。
酔って妻を斬り殺す?
20世紀末までは、都内のターミナル駅には昼夜を問わず、カップ酒片手にふらふらしながら怪しい目つきをしたオジサンがいた。通りすがる人々に「てめえ、なにしてんだよ、バカヤロー」などと絡んだり、奇声を発したりしていた。叫んでいたり、怒ったりしている方向には誰もいないだけに恐怖を感じたが、彼らのような種族は一体どこにいってしまったのだろうか。
「酒を飲まなければいい人」は昔から無数に存在する。確かに、酒を極度に飲んでいる状態とは脳が麻痺した状態なので、「いい人」でなくなってもおかしくない。社会規範を守ろうという意思が人によってはぶっ飛ぶ。暴言を吐いたり、暴力を振るったりするのも脳がまともに機能しないから防ぎようがない。
だから、酒乱の政治家にマトモであることを求めてはいけない。彼らは病気なのだ。
「そもそも、政治家の大半はマトモでないし、酒を飲もうが飲むまいが関係ない」という考えもあるかもしれない。
しかし、酒を飲んだ勢いで妻を斬り殺した疑惑をかけられた政治家は、近代以降では黒田清隆しかいないだろう。