経験者が優遇される居酒屋の単発バイト(写真:アフロ)

「あれ、こんなところでおじさんが働いてる……」

 近年、非正規労働の現場で、しばしば「おじさん」を見かける。しかも、いわゆるホワイトカラーの会社員が、派遣やアルバイトをしているケースが目につくようになった。

 40歳定年、ジョブ型雇用、そしてコロナ禍──。中高年男性を取り巻く雇用状況が厳しさを増す中、副業を始めるおじさんたちの、たましくも、どこか悲壮感の漂う姿をリポートする。

(若月 澪子:フリーライター)

 4月最初の土曜日、東京都内のとある居酒屋は花見を楽しんだ人たちで賑わっていた。新型コロナウイルス感染症の第6波を受けて、都内で適用されていたまん延防止等重点措置による「長い冬」が明け、久しぶりの再会を喜び合う人がマスクを堂々と外し、賑やかにテーブルを囲んでいる。

 その店の奥の油まみれの厨房で、ジーパンとパーカー姿にエプロンを着け、グラスや皿を手際よく洗う一人の中高年男性の姿があった。

 居酒屋でアルバイトしているのはCさん(59)。平日は紳士服関連の卸売会社の営業マンだ。もうすぐ還暦を迎えるとは思えないほど若々しく、どことなくトレンディドラマ時代の石田純一に似ている爽やかなおじさまだ。

 Cさんが勤めているのは、海外や国内で買い付けたネクタイなどの紳士用服飾雑貨を大手デパートなどへ卸す会社だ。創業50年以上の老舗だという。

「わが社で扱っている商品はブランド品ではありませんが、素材やデザインにこだわりのある、ワンランク上のネクタイです。一番安いものでも1本1万円はします」

 そんなCさんが週末にアルバイトを始めた理由は、やはりコロナだった。

 紳士服はコロナで大打撃を受けた業界の一つだ。リモートワークが広がり、スーツの需要が激減。当然、Cさんの会社が扱う商品の売り上げも大幅に落ち込んだ。

 2020年4月に初めての緊急事態宣言が出された時、まだ社内の雰囲気は楽観的だった。

「当時は、この状況がこれほど長く続くとは考えていませんでした。どうせ一時的なものだろう、いずれ元に戻ると思っていました」

 宣言中はCさんの会社もリモートワークになったものの、「デパートが再開したら、このような商品が欲しい」といった発注はあり、オンラインで買い付けを行っていた。しかし、国内初の緊急事態宣言が明けても、事態は好転しなかった。

 日本百貨店協会によると、2020年7月期の紳士服の売り上げは、前年と比べて30%近くも落ち込んでいる。そもそも2010年ごろからスーツ離れが徐々に進行していた矢先に、コロナが追い打ちをかけた。現在、紳士服業界そのものが岐路に立たされている。

紳士服業界はスーツ離れとコロナ禍によるリモートワークの増加で強い逆風に晒されている(写真:AP/アフロ)