「つくばダイアローグハウス」にある診療室の対話スペース「つくばダイアローグハウス」にある診療室の対話スペース

 精神科医の斎藤環氏は、8年前からフィンランド発の精神医療の手法「オープンダイアローグ」を実践している。その効果は驚異的で、他の治療法ではなかなか改善が見られない、統合失調症をはじめとするさまざまな精神疾患の患者を回復に導いている。

 オープンダイアローグでは、治療者と患者が一対一で会話をするのではなく、複数の治療者と、患者と患者のネットワーク(家族・知人など)が一緒になり、日常生活におけるさまざまな悩みなどについてチーム対チームで対話を行う。

 また、治療者同士が椅子の向きを変えて向かい合い、患者や家族の目の前で、患者について話し合う「リフレクティング」という時間もある。リフレクティングでは、患者を共感的に評価し、患者がより生きやすくなるためのアイデアを治療チームが出し合う。

 そして、オープンダイアローグでは、患者がどのような発言をしても、患者に対する説得、議論、尋問、アドバイスは避け、患者の話に深く興味を持ち、さらにその内容を掘り下げていくスタンスに徹する。

 大学を退職したら、著作活動に専念したいと考えていた斎藤氏は、自身の人生設計までも変え、オープンダイアローグを実践するための場所「つくばダイアローグハウス」を昨年10月に開業した。なぜそこまでオープンダイアローグを重視するのか。『イルカと否定神学 対話ごときでなぜ回復が起こるのか』(医学書院)を上梓した斎藤環氏に聞いた。(聞き手:長野光、ビデオジャーナリスト)

──斎藤さんが開設された「つくばダイアローグハウス」について教えてください。

斎藤環氏(以下、斎藤):「つくばダイアローグハウス」は筑波大学の敷地に隣接する新しいクリニックです。現在スタッフは私を含めてわずか3人で、看護師はいません。「ハウス」と名付けたのは、医療機関っぽくしたくなかったから。実際にここを訪ねてこられる方々は医療機関らしくないという印象を持ってくださるようですが、精神科・心療内科のクリニックです。

 ここでは、午前中のみ通常のクリニック同様に保険診察をして薬の処方も出しますが、午後の部(午後2時半から6時半まで)は、クライアント1人あたり30分から1時間をかける対話実践の時間にしています。自費で通ってくださる方も増え、最近はその日の診療予定も埋まるようになってきました。

 オープンダイアローグの実践を志して開業する医師の多くが、職員を食べさせるためにたくさんクライアントを診なければならなくなります。やがてほとんどの診療枠を保険診療で埋めるようになり、あげくには十分な対話の時間を確保できなくなっています。

 そうした状況を回避するために、なにがなんでも保険診療枠を制限して、自費によるオープンダイアローグの枠を死守するという方法を取りました。

──なぜ保険診療ではできないのですか?

斎藤:保険診療の場合、経営上、最低限の収入を出すためには、1人のクライアントにつき15分以上はかけられないのです。もちろん15分ではオープンダイアローグは無理です。最低でも30分、できれば1時間が必要です。

 オープンダイアローグでは、まず話をじっくり聞くことが大切ですが、話を聞いたら質問を返さなければなりません。そして、ある程度話を聞いたら、リフレクティングの時間を通してこちらの感想やアイディアを共有する。どうしても一定以上の時間が必要で、現状の保険診療のシステムではできないのです。

──費用はどれくらいかかりますか?

斎藤:1時間で1万6500円です。30分だと8250円です。保険診療よりは自己負担は高くつきますが、対話実践を経験した方から「高い」と言われたことはまだありません。通常のカウンセラーのカウンセリングと同程度か、高名なカリスマカウンセラーなどと比べると、ずっと安いはずです。

──新しい形態のクリニックなので、経営が成り立つか不安もあったのではないかと想像しますが、それでも開業されたのは、オープンダイアローグという手法にかなりの効果を感じたからですか?