「働けない脳」になっている人は貧困状態に陥る人も多い(写真:beauty_box/イメージマート)「働けない脳」になっている人は貧困状態に陥る人も多い(写真:beauty_box/イメージマート)

 貧困に留まる人は仕事も努力もしない。貧困に陥るのは、個人の努力が不足しているからだと思っている人も多いのではないだろうか。その考えに「待った」をかけるのは、長年、貧困層を取材してきた鈴木大介氏(文筆家)である。鈴木氏によると、人が貧困に陥る要因は多々あれど、その多くが「脳の問題」に起因するという。貧困と脳にはどのような関係があるのか──。『貧困と脳 「働かない」のではなく「働けない」』を上梓した鈴木氏に話を聞いた。(聞き手:関瑶子、ライター&ビデオクリエイター)

──鈴木さんはこれまで、社会の底辺で生きる人々を取材し『最貧困シングルマザー』(朝日新聞出版)や『最貧困女子』(幻冬舎)などの書籍を発表してきました。貧困層の人たちに取材をしていく過程で、彼らに対し違和感を覚えたと今回の書籍に書かれています。

鈴木大介氏(以下、鈴木):青年層の貧困当事者は、困ったパーソナリティの人が多いということをよく感じていました。取材の約束を取り付けても何時間も遅刻する、リスケを何度も繰り返す。

 ほかにも、優先順位をつけることが極端に苦手で、今やらなければならないことを決められずに全く違うことをやってしまう人にも多く出会いました。そういう人は、結果的に仕事がうまくまわらなくなり、逃げるように仕事を辞めてしまいます。

 そういった姿を目の当たりにして、「これでは貧困に陥るのも仕方がない」というような気持ちになりました。

──鈴木さんは9年前に脳梗塞を患い、その後遺症として脳に障害が残りました。その障害によって、貧困層の人に対して抱いていた違和感を身をもって体感することになったとあります。

鈴木:はい、高次脳機能障害という脳の認知機能障害を負いました。

 脳梗塞を起こした直後の私は、あらゆる場面で自分をコントロールできなくなっていました。当たり前のことができないどころか、現実感を得ることすら困難でした。想像しにくいかもしれませんが、「自分で自分をコントロールする」感覚すら失われていました。怒濤の違和感の渦中に放り込まれたかのようでした。

 具体的な例として、病棟内のコンビニでの買い物で、会計の際にレジに表示された金額を財布から出すことに四苦八苦したことが挙げられます。

 このとき、『最貧困シングルマザー』で紹介した元看護師の女性と自分が全く同じ状態だということに思い当たりました。

 彼女もまた、お金の計算にひどく悩まされていました。買い物に行き、レジに表示された値段を見て財布からお金を出そうとすると、自分が出すべき金額を忘れてしまっている。そこで、レジに表示された数字をもう一度確認して財布の中をのぞくと、また金額を覚えていないことに気付く。

 彼女が言っていたことは、まさに今の私と同じだという猛烈な「気付き」が立ち上がってきたのです。

『最貧困シングルマザー』で紹介した元看護師の女性と全く同じ症状だったという(写真:travelclock/イメージマート)『最貧困シングルマザー』で紹介した元看護師の女性と全く同じ症状だったという(写真:travelclock/イメージマート)

 もう一つ、当時の私に出ていた症状に、何かに注意をひかれて視線を一点に固定してしまうと、そこから目が離せなくなってしまうというものがありました。

 人と話をするときに、人の目をずっと瞬きもせずに見ていたら、気味が悪いと思われるでしょう。高次脳機能障害発症直後の私は、話している相手の顔の特徴的な部分、たとえばほくろなどが気になると、そこばかりを凝視してしまい、視線を外すことができなくなっていました。

 ようやく視線を剥がせたとしても、今度は右上の空中に視線が固定されてしまいます。これは、注意障害の一種です。