連載:少子化ニッポンに必要な本物の「性」の知識
「生涯、あなたはここにいる新郎(または新婦)を、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫(または妻)として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか」
牧師から質される結婚の誓い。一夫一婦婚は、特定のパートナーのみと一生、浮気もせず添い遂げる誓約のもと成立する。
だが、もし後々他の異性と性交し、それが発覚した場合、法律上「不貞行為」とみなされ、不倫された側の精神的苦痛に対し法的責任が生じる場合がある。
倫理や法律で縛られた一夫一婦婚という男女関係の継続は、義理とやせ我慢、世間体といった複合的な要素により続けられる場合もあるようだ。
前回のコラム『少子化問題を解決する一夫多妻、一妻多夫(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/63939)』にて、ほ乳類の97%が一夫多妻婚か一妻多夫婚、または乱婚といった繁殖形態で複数の相手と性交すると綴った。
その背景にあるのは、自らの遺伝子を次代に残すための雄の間の精子競争だけでなく、雌がより優れた雄の精子を自分の卵子に受精させる精子選択にある。
動物の性生活は合理的である。
自らの遺伝子を確実に残すため雄は多くの雌と交尾し、雌も優秀かつ、より良い遺伝子を選択する。
これは自然律であり、そこに浮気という概念は存在しない。
結婚したら浮気は悪であり、不貞は断じられるべき、という昨今の人間社会の観念は、生命の摂理である種の多様性に相克する。
だが、人間にも浮気という梗概が存在しない人たちがいる。支配者や権力者である。