大橋(武)委員:

 「共同宣言案第九項に、歯舞、色丹は平和条約締結の際、引き渡すと書いてあります。この引き渡しという言葉に相当する露語、ベレダーチという言葉は、譲渡、引き渡しなどと訳し、すこぶる意味の広い言葉なのであります」

 「元来歯舞、色丹、国後、択捉の返還という日本側の主張に対し、ソ連は、樺太、千島はもとより国後、択捉、歯舞、色丹は、いずれも現在すでにソ連領の一部となっておるものであって、平和に際し当然に日本に返還するという筋合いのものではない、もし日本に渡すという場合があるとすれば、それはすでにソ連領となっておる旧日本領の一部をあらためて日本に割譲することになるという主張を続けておるのであります」

 「そこで、ソ連にとっては、このペレダーチという広い意味の言葉を使うことは、特別の意味を持つことになるのであります」

 「すなわち、歯舞、色丹を日本に渡すのは、日本の領土を日本に返すのではなく、ソ連領の一部を新しく日本に譲渡するのだという意味を表わしておこうというのであります」

 「さればこそ、第九項に『本国の要望にこたえかつ日本国の利益を考慮して、』という特別の文句がわざわざつけてあるのであって、日本のものを日本に返すのならば、何もかようなもったいをつける必要はないはずであります」

 「日本のものでないソ連のものを特別に日本に渡すというのであるから、かような文句をつけ加えているのであります」

 「その結果は、将来ソ連は、共同宣言は歯舞、色丹さえソ連領であるという前提を認めているではないか、いわんや国後、択捉は、樺太、千島とともにソ連領であることは当然であるという立論を必ず打ち出してくるのであります」

 「かように考えますと、第九項は、歯舞、色丹をも含めて現にソ連の占領している地方はすべてソ連領になっておるという、ソ連のかねてからの主張を巧妙に織り込んであるものといわなければなりません」

 「従って、将来平和条約締結交渉の際、ソ連はこの条項を援用して、歯舞、色丹以外の領土は共同宣言の際ソ連領として決定済みであるという主張を展開して参るでございましょうし、また、さような主張をいたした場合には、当方としても文理上その主張を打ち破ることは相当に困難になるであろうということを覚悟しなければなりません」

 「従って、将来国後、択捉の領土権を討議する機会があったといたしましても、それは、領土の返還を求めるということではなく、ソ連領の一部となっておるものをあらためて割譲せしむるという、全く新たな問題とみなされるおそれがあるのでございまして、択捉、国後の返還はこの点において事実上すこぶる困難となると思われるのでございまするが、政府の御見解を承わりたいと存じます」