豊臣氏(羽柴家)の滅亡

「絹本着色高台院像」 高台寺蔵

 秀吉の死後、寧々は京都に移り住んだ。

 慶長8年(1603)11月には出家し、高台院(こうだいいん)と称している。

 寧々は大坂城の茶々や豊臣秀頼と連絡を取り合い、豊臣氏(羽柴家)の存続に力を尽くした。

 しかし、慶長20年(1615)5月の大坂夏の陣により、茶々も秀頼も自害し、豊臣氏(羽柴家)は滅亡してしまう。

 豊臣氏(羽柴家)が滅んでも、寧々の人生はその後も続き、寛永元年(1624)9月6日に76歳で没した。

 ドラマの登場人物紹介では、寧々を「戦国のファーストレディ」と称している。

 天下人・豊臣秀吉と添い遂げ、北政所としての役割を見事に果たした寧々に、ふさわしい称号である。