豊臣秀長像
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(鷹橋忍:ライター)

大河ドラマ『豊臣兄弟!』が、2026年1月4日(日)からスタートした。池松壮亮が演じる豊臣秀吉はあまりにも有名だが、秀吉の弟・仲野太賀が演じる豊臣秀長は、あまり知られていないのではないだろうか。そこで、まずは秀長の前半生を取り上げたい。

秀長と秀吉は同父母兄弟?

 秀長は、天文9年(1540)に生まれたと考えられている。

 天文6年(1537)の生まれとされる兄・秀吉より、3歳年下となる。

 秀長と秀吉の生誕地は、尾張国愛知郡中々村(名古屋市中村区)の可能性が高いとみられている(柴裕之『羽柴秀長 秀吉の天下を支えた弟』)。

 秀長と秀吉の母は、御器所(ごきそ)村(名古屋市昭和区)出身の天瑞寺殿(てんずいじでん/天瑞院殿とも)である。名は「仲」、「お仲」、「おなか」などと記載されるが、信頼できる史料では確認できない。

 秀長と秀吉の母は、天正13年(1585)に秀吉が関白に任官すると、関白の母の呼び名である「大政所」と称されるようになる。

 父親に関しては、徳川将軍家旗本・土屋知貞がまとめた「太閤素生記」(『新訂増補 史籍集覧 第23冊』所収)によれば、秀吉と彼の姉・瑞龍院殿(ずいりゅういんでん/智)の父は木下弥右衛門で、秀吉の母は弥右衛門と死別した後に、筑阿弥(ちくあみ/竹阿弥とも)と再婚し、秀長と南明院殿(なんめいいんでん/朝日、旭。以下、朝日と記載)を産んだという。

 このため、秀吉と秀長は異父同母兄弟とされてきた。

 しかし、江戸時代中期に成立した「太閤素生記」よりも早い時期(江戸時代前期)に、儒学者・小瀬甫庵が編集した「太閤記」(『新訂増補 史籍集覧 第23冊』所収)では、秀吉の父を「筑阿弥入道」としている。

 また、弥右衛門は、秀長や朝日の誕生後に亡くなっていることもあり、筑阿弥は弥右衛門の出家名で、両者を同一人物とみることも可能で、秀吉と秀長は同父母兄弟とみることもできるという(黒田基樹『羽柴秀長の生涯 秀吉を支えた「補佐役」の実像』)。

 秀吉と秀長の姉・瑞龍院殿の菩提寺である京都瑞龍寺(現在は、滋賀県近江八幡市に移転)に伝わる史料「瑞龍寺差出」(『大日本史料』第十二編之五に記載)に、瑞龍院殿の父として、法名「妙雲院殿栄本(みょううんいんでんえいほん)」と称する人物が記されている。

 この妙雲院殿栄本が、弥右衛門なのか筑阿弥なのか、弥右衛門と筑阿弥が同一人物なのかはわからないが、ここでは秀吉と秀長は同父母兄弟の説をとり、以後、秀吉・秀長の父を「妙雲院殿」と記す。