大事件の勃発
その後、秀長は翌天正9年(1581)の因幡鳥取城攻めなど、秀吉に従い、毛利方勢力との戦いに加わっている。
天正10年(1582)5月、秀吉は、毛利方の城将・清水宗治が守る備中高松城(岡山市)を包囲し、水攻めを開始した。
すると、毛利家当主・毛利輝元が自ら、叔父の吉川元春と小早川隆景らとともに、救援に駆けつけた。
これを受け、秀吉は信長に救援を要請する。
信長は要潤が演じる明智光秀らに出陣を命じ、自らも中国攻めに向かうこととしていたという(天野忠幸『大和大納言 豊臣秀長 補佐役か、もう一人の秀吉か』)。
秀吉・秀長兄弟が信長の到着を待つなか、二人の運命を大きく変える大事件が勃発した。「本能寺の変」である。