中国に接近したチャベス大統領

 流れを変えたのは1999年に就任したチャベス大統領の左派政権でした。

 チャベス氏は貧困撲滅などを軸とする「ボリバル革命」を掲げ、石油事業に対する税率や利権料率を引き上げてその収入を低所得者向けの食料や住宅供給に振り向ける社会主義政策を展開しました。2007年には「オリノコ超重質油プロジェクト」におけるPDVSAのシェアを強制的に過半数に引き上げ、外資から主導権を奪う措置も導入しました。

 これを受け、エクソンモービル、コノコフィリップスといった米国の石油メジャーは欧州の数社とともにベネズエラの石油生産から撤退します。ベネズエラ政府は、メジャーなどが残した資産を接収。残った米メジャーはシェブロン1社となりました。

 これに先立つ2005年、米国のG.W.ブッシュ政権はベネズエラに対し経済制裁を実施していました。米・ベネズエラ関係は急速に悪化していったのです。

 米国に代わってベネズエラの石油産業に関与を強めたのが中国です。中国は2000年代、急速な経済成長に伴って世界各地でエネルギー確保に奔走しており、ベネズエラの石油にも関心を寄せていました。

 チャベス政権は中国と相次いで経済協定を結びます。2007年に中国開発銀行とベネズエラ経済社会開発銀行が共同で基金を設立、2008年には中国への石油輸出を増大させるエネルギー協力協定、2010年には中国からベネズエラへ200億ドル貸与の合意。石油を介した密接な経済関係が構築されました。

 2013年にチャベス氏が死去した後、後任のマドゥロ大統領は社会主義政権を引き継ぎ、対中関係を維持しました。政権維持のため独裁体制を強めるマドゥロ氏に対し、中国は一貫して支持を表明。相次いで経済制裁を実施してベネズエラへの圧力を強める米国を強く批判してきました。