トランプ政権に拘束されたベネズエラのマドゥロ大統領(写真:ロイター/アフロ)
米国のトランプ政権は南米ベネズエラに軍事攻撃を行い、マドゥロ大統領を拘束して米国へ移送しました。トランプ氏は「麻薬密輸を撲滅するため」と説明する一方、ベネズエラの石油利権を確保する目的があったことも隠していません。現在、ベネズエラの石油の最大の取引先は中国です。どのような利害が絡んでいるのでしょうか。ベネズエラの石油をめぐる歴史と国際関係をやさしく解説します。
(西村卓也:フリーランス記者、フロントラインプレス)
ベネズエラ石油産業の歴史
トランプ氏はマドゥロ大統領を拘束した軍事作戦の直後、1月3日に開いた記者会見で、ベネズエラの石油産業の管理に意欲を示しました。「アメリカの才能、意欲、技術がベネズエラの石油産業を作り上げた。それなのに、これまでの社会主義政権がそれを力ずくで盗んだのだ」と息巻いたのです。
これは、どういう意味でしょうか。歴史を振り返ってみます。
ベネズエラ西部のマラカイボ湖周辺で油田が発見されたのは今から100年以上も前、1914年のことです。当時はベネズエラに採掘などの技術は乏しく、英国のロイヤル・ダッチ・シェル(現シェル)や米国のスタンダード・オイル(エクソンモービルなどの前身)などの石油大手(メジャー)が油田開発にあたりました。
図表:フロントラインプレス作成
第1次世界大戦での需要増大もあって、ベネズエラの石油生産は伸び、20世紀前半には世界一の石油輸出国になっていたのです。
第2次世界大戦の前後にかけて、ベネズエラ政治は民主化の流れを強め、自国の天然資源は自国で管理・開発すべきだという「資源ナショナリズム」が勃興します。1943年には他国に先駆けて石油産業に所得税を課し、利益を折半するシステムが確立しました。
この所得税導入は原油公示価格の算定基準となり、公示価格をめぐる石油メジャーと産油国の綱引きが1960年の石油輸出国機構(OPEC)設立にもつながるのです。
OPECを中心に資源ナショナリズムは世界に広がり、ベネズエラも1976年、石油産業の国有化に踏み切ります。油田の操業は新設のベネズエラ国営石油会社(PDVSA)が担ったのですが、生産量は減少に転じました。石油の採掘はできても、精製、流通、小売りというプロセスとなると、PDVSAよりも石油メジャーの方が上手だったためです。
1990年代に入ると、マラカイボ地域は長年の採掘で生産量が減り、ベネズエラの石油生産の中心は東部オリノコ川流域に移りました。この地域の原油は超重質油で、精製に特殊な技術と資金が必要です。PDVSAはサービス契約(下請け)や合弁といった形で国営企業でありながらメジャーの資本を導入、生産量を上げていきました。
このように、ベネズエラの石油産業は政府とメジャーが主導権を取り合いながら発展してきた歴史があるのです。