トランプ米大統領はベネズエラへの軍事圧力を強めている(写真:ロイター/アフロ)
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米国のトランプ政権が南米ベネズエラに対する軍事圧力を強めています。麻薬の密輸防止を理由に船舶を爆撃したり、海上を封鎖して石油タンカーの航行を妨げたりするなど、カリブ海の緊張が高まっています。その背景を探ると、ベネズエラだけでなく、南北アメリカ大陸を覆う「西半球」での覇権を確保しようとする米国の戦略が見えてきます。なぜ今、米国は西半球政策に力を入れるのか、やさしく解説します。

西村卓也:フリーランス記者、フロントラインプレス

ベネズエラのマドゥロ政権打倒が狙いか

 麻薬を積んでカリブ海を航行していたベネズエラの高速艇を米軍艦艇が攻撃して沈没させ、乗組員11人が死亡した――。

 トランプ大統領がそう発表したのは、ことし9月2日のことです。麻薬は米国に向けて運ばれる途中で、乗組員はベネズエラのギャング組織「トレン・デ・アラグア」のメンバーだったとの説明です。米国が中南米で軍事攻撃を実行したのは1989年のパナマ侵攻以来と報じられました。

 ヘグセス国防長官は9月2日の攻撃の際、生き残った船員に2次攻撃を指示して全員を殺害したと報じられ、民間人への過剰な攻撃や、議会の承認を得ていない軍事攻撃が違法だとの指摘も出ています。それでもトランプ政権は軍事行動を継続。船舶への攻撃はカリブ海だけでなく太平洋側にも広がり、12月17日現在、26回の攻撃で99人が死亡しました。

 米国内の世論調査では、米軍の船舶攻撃に対し、反対が賛成を大きく上回っています。しかし、トランプ政権は強硬姿勢を緩めません。

 11月には米海軍最大の艦船である空母「ジェラルド・R・フォード」や駆逐艦3隻、総勢1万5000人をカリブ海に配置し、近年にない大規模な攻撃体制を取りました。そしてトランプ大統領は12月16日、ベネズエラに入出港するすべての石油タンカーを対象に「完全かつ徹底的な封鎖」を行うよう命令。ベネズエラのマドゥロ政権については「米国の資産を盗み、テロや麻薬の密輸を行っている」との理由でテロ支援組織に指定したと発表しました。

 こうなると、米国の目的は麻薬密輸の撲滅にとどまらず、マドゥロ政権の打倒にあると、国際社会から判断されても仕方ありません。実際、トランプ政権のワイルズ首席補佐官もVanity Fair誌のインタビューで「マドゥロ氏が降参するまで船舶攻撃は続くだろう」と語りました。

 トランプ大統領の狙いは、世界最大の埋蔵量を持つベネズエラの石油だとの見方が有力です。

 1999年に就任したベネズエラのチャベス前大統領は石油産業の主導権を国営ベネズエラ石油(PDVSA)に移転するなど、欧米企業の影響力排除を進めました。これに対し米国はベネズエラへの経済制裁を強化。後継のマドゥロ政権も制裁の影響を受けてきました。その結果、ベネズエラは石油の輸出先を米国以外に求め、2019年には輸出先のトップが米国から中国に入れ替わったのです。