台湾めぐる中国の動きに影響も

 モンロー主義は第2次世界大戦後の冷戦期にも存在感を示しました。

 1954年に起きた中米グアテマラのクーデター、1973年の南米チリにおけるクーデターは、いずれも米国が支援し、民主的に選ばれた左派政権を軍事力で崩壊させる結果につながりました。両国ではその後、親米の軍事政権が権力を掌握しています。また、1983年にはカリブ海の島国グレナダに、1989年には中米パナマに米軍が直接侵攻し、それぞれの政権を転覆。代わりに親米政権を樹立させました。

 中南米は「米国の裏庭」と呼ばれてきました。そんな地域において、米国の歴代政権は米国の権益を守るためには軍事力やCIA(米中央情報局)の策謀を駆使してきたのです。そこに、共和党と民主党の違いはありません。今年になって顕著になったベネズエラへの圧力強化も、米国の伝統的な外交方針であるモンロー主義の延長線上にあると言えます。

 一方、トランプ氏は、米国の軍事作戦が麻薬密輸船への攻撃にとどまらず、攻撃はベネズエラ本土にも及ぶ可能性をほのめかしてきました。中南米における米国の過去の軍事行動を振り返れば、「ベネズエラ攻撃」もあり得ない事態ではありません。

 こうした米国の姿勢に対し、マドゥロ政権は徹底抗戦の構えです。国連のグテレス事務総長に対しては、米国の不当性を強調。海上封鎖は「地域の平和にとって重大な結果をもたらす」と訴えました。

 ラテンアメリカ諸国には、米国のモンロー主義に対抗して、米国抜きでの団結を目指す「ボリバル主義」の理念が根強く残っています。ベネズエラはその拠点とも言える国。左派が政権を担うメキシコやブラジルも、米国のベネズエラ介入に批判的な姿勢を示しました。

 ウクライナ戦争やパレスチナ自治区ガザの情勢を見てもわかる通り、地域の不安定さは国際社会全体に大きな影響を与えます。モンロー・ドクトリンが生まれた19世紀前半とは比べものにならないほど世界のグローバル化も進んでいます。

 西半球から目を広げると、ロシアや中国という大国がベネズエラを支持しているという現実も見えてきます。米国内には、中国がいずれ台湾を包囲する形で海上封鎖を行うのではないかと警戒する声があり、トランプ政権の対ベネズエラ海上封鎖をその正当化に利用する可能性まで指摘されています。

 カリブ海の米軍の動きが即座に台湾周辺に波及することは考えにくいですが、トランプ政権の判断に無関心でいられないことだけは確かなようです。

西村 卓也(にしむら・たくや)
フリーランス記者。札幌市出身。早稲田大学卒業後、北海道新聞社へ。首相官邸キャップ、米ワシントン支局長、論説主幹などを歴任し、2023年からフリー。日本外国特派員協会会員。ワシントンの日本関連リサーチセンター“Asia Policy Point”シニアフェロー。「日本のいま」を世界に紹介するニュース&コメンタリー「J Update」(英文)を更新中。

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