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(英フィナンシャル・タイムズ紙 2025年10月8日付)

米国移民・関税執行局(ICE)による取り締まりで37人のベネズエラ移民が拘束されたシカゴのアパートの廊下。摘発された移民たちの私物が放置されている(10月2日、写真:ロイター/アフロ)

 ドナルド・トランプはベネズエラの政権転覆を画策しているのだろうか。

 米海軍の駆逐艦を3隻、強襲揚陸艦を1隻、誘導ミサイル巡洋艦を1隻、攻撃型原子力潜水艦を1隻、そして「F-35」戦闘機の飛行大隊をベネズエラの鼻先に突き付けている様子は、確かにそう見える。

 配備された海軍と海兵隊の兵士も計6500人に上る。輸送中の麻薬を差し押さえるのが目的だったら、これほどの支援は必要ない。

 もっとも、それを言えば、トランプはパフォーマンスとして大仰なことをやる。

 世界各地から先日呼び出され、トランプのとりとめのない話を聞かされたほぼ800人の将軍・提督に聞いてみればいい。

 ベネズエラは今や、トランプの「シュレディンガーの猫」ならぬ「シュレディンガーの戦争」になっている――起きているとも起きていないとも言い切れない状況なのだ。

 だが、あからさまな紛争は目の前に迫っている。

ベネズエラのギャング集団との戦い

 トランプにとって、ベネズエラはたまらなく魅力的な敵だ。

 彼の頭のなかでは、ベネズエラは米国都市部の「交戦地帯」における最高混乱扇動役だ。

 この交戦地帯とは、直近ではトランプが(ロサンゼルスとワシントンに続いて)兵士を送り込んだメンフィス、シカゴ、ポートランドを指す。

 シカゴの住宅街で先日行われた急襲作戦は、「トレン・デ・アラグア」というベネズエラのギャング集団を標的にしたものだった。

 トランプはこの集団を、暴力的な収奪政治家ニコラス・マドゥロが率いていると言っている。

 このギャングがマドゥロの手下であることを示唆する証拠はほとんどない。だが、トランプのコインの国内面にはトレン・デ・アラグアが、外国面にはベネズエラがそれぞれ描かれている。

 ベネズエラは、米国への有力な麻薬供給者にはほど遠い存在だ。

 それにもかかわらず、トランプと、その部下で何かと気取らずにはいられない自称「戦争長官」のピート・ヘグセスは、ベネズエラが米国のオピオイド汚染を拡大させていると言い張る。

 ベネズエラ産のフェンタニルなど米国では全く――本当に全く――見つかっていない。

 フェンタニルはほぼすべてメキシコから持ち込まれているし、コカインはコロンビアが最大の供給源だ。

 米国はここ数週間で4度、カリブ海から麻薬を密輸しているとするベネズエラのボートを吹き飛ばし、20人超を殺害した。

 トランプはフェンタニルとコカインの袋が「海一面に散らばった」と述べたが、証拠は示されなかった。