『八犬伝』と『膝栗毛』の源流はここに、蔦重のひと言が動かした文学史
ドラマではその後、伊勢・松坂から帰ってきた蔦重が、曲亭馬琴(きょくてい ばきん)に「長えもんをお願いしたいんだ」と言い出した。伊勢・松坂で「江戸の者はせっかち」という言葉を耳にして、真意を尋ねたところ、短すぎる黄表紙への不満をぶつけられたのである。
もっと長いものを出してほしい――。江戸から来たただの商人だと思った相手から、そんな要望を受けて、さっそく動き出した蔦重。そのプロジェクトには馬琴こそが適材だ、という理由もこう説明している。
「まあ面白えってのは、何も笑えるってことだけじゃねえだろ? 俺ゃ馬琴先生の頭の中にあんのは芝居みてえな 長え話なんじゃねえかって思うんだ」
実際の馬琴は蔦重の死後に、28年もかけて、9輯98巻106冊にも及ぶ『南総里見八犬伝(なんそうさとみはっけんでん)』を書き上げて、その名を文学史に刻む。その裏にもし蔦重のアドバイスがあったとすれば、馬琴がべらぼうに長い作品を書いたのは、蔦重への弔いもあったということになろう。
またドラマでは、蔦重が馬琴の隣にいた十返舎一九(じっぺんしゃ いっく)にもアドバイスをしている。
「で、一九。お前さんには江戸に縛られねえ話を頼みてえ。どこの生まれのお兄さん、お姉さん。ガキ、じいさん、ばあさん、誰でも、等しく笑えるような黄表紙を頼みてえ」
一九もまた馬琴と同様に、蔦重の死後にヒット作を飛ばす。その作品こそが、弥次さん喜多さんの2人が旅先でドタバタする滑稽本『東海道中膝栗毛(とうかいどうちゅうひざくりげ)』だ。
馬琴の『南総里見八犬伝』と一九の『東海道中膝栗毛』については、本連載で「両作とも誰もが耳にしたことがある作品だけに、その執筆背景がドラマで少しでも描かれると、改めて再読するきっかけにもなりそうだ」と書いたが、その通りの展開となり、うれしく思う。
津田健次郎演じる曲亭馬琴と、井上芳雄演じる十返舎一九をイメージしながら、この年末年始に両作を読み始めてみると、往年の名作をもっと身近に感じることだろう。