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(勢古 浩爾:評論家、エッセイスト)

 死についての感情は、昔の人が感じたことと、現在のわたしたちが感じることが全然かわらないと知って、ホッとする。

『海国兵談』を著した林子平が、蟄居中に読んだ和歌はこうである。「親も無し 妻無し子無し版木無し 金も無けれど死にたくも無し」

 文人・狂歌師で、昨年のNHKの大河『べらぼう』でなじみの太田南畝は、辞世の句に「今までは人のことだと思ふたに 俺が死ぬとはこいつはたまらん」と書いた。

 これなどまるまるわたしたちの実感ではないか。

 また平安時代の歌人・在原業平の、「つひにゆく道とはかねて聞きしかど 昨日今日とは思はざりしを」という歌は有名である。

 それゆえ死を達観した人がいるとつい、すごい人だな、と思ってしまう。

富士正晴が見事な最期を迎えた理由

 医師で作家の久坂部羊が「達人の死だと感心した」人を、二人挙げている。ひとりは作家の富士正晴である。

 富士は普段の生き方からして、一本芯が通っていた。

 かれは「もっともらしいこと、立派なことを信用」しなかった。「健康法などさらさらやる気はなく」、「歯が抜けても入れ歯などはせず、食事も構わず、酒も好き放題に飲む」という奔放な生活をした(『人間の死に方――医者だった父の、多くを望まない最期』、久坂部羊著、幻冬舎新書、2014。以下同)。

 富士は、74歳になる3カ月前、編集者と電話で翌日飲もうと約束をした。ところがかれは「そのまま寝入り、帰らぬ人」になったのである。

 久坂部は「寝たまま死ぬ。こんな楽で気持ちのいい死に方が、ほかにあるでしょうか」と書いている。

 うむ。わたしもうらやましい。