(勢古 浩爾:評論家、エッセイスト)
昨年は個人的に多少因縁のある3名の人の訃報に接した。1人はわたしと同年(76歳)、あとの2人は81歳と84歳だった。
友人ではない。世間のだれもが知っている書き手ではなかったが、知る人ぞ知る3人だった。ああ、かれらも逝ったのか、と思った。
怖くはないが寂しくはある
今年も早いもので上半期が終わった。すでに多くの有名人の訃報が伝えられている。
シブい俳優だった寺田農(81)、パリダカ・ドライバーの篠塚健次郎(75)、スキージャンプの笠谷幸生(80)、篠山紀信(83)、小澤征爾(88)、フジ子・ヘミング(91)、女優山本陽子(81)、元横綱の曙太郎(54)、名曲「ドリーム」のサックス奏者デビッド・サンボーン(78)、そして唐十郎(84)、鳥山明(68)らである。
物故者を調べていて、わたしがニュースを見落としただけなのだろうが、仏歌手のフランソワーズ・アルディ(80)も亡くなっていたのを知って驚いた。
彼女のヒット曲「さよならを教えて」が好きだったのだ。いまも聴いているデジタルプレイヤーに入っている。
わたしは死を間近に感じているわけではない。だがわたしの年から考えて、いつ死がやってきてもおかしくないとは思っている。
だからか、有名人の訃報が気になる。他人事とは思えないのだ。
しかし世にいわれる「終活」はなんにもしていない。だから、いつ死がやってきても、とはいっているが、まだほんとうには来ないと思っているのだ。
すこしだけ、死について考えたことがある。結論は、死ぬことじたいは怖くないが、死によって親愛なる人たちと永遠に会えなくなることだけが寂しい、というものだ。
「たったの一瞬思い出して」
感動した遺書(?)がある。詩人の茨木のり子の遺書である。
「わたしが一番きれいだったとき わたしの国は戦争で負けた」(「わたしが一番きれいだったとき」)という詩や、「自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ」(「自分の感受性くらい」)という詩で知られる。
茨木のり子は生前、自分が死んだときのために、挨拶状を書いていた。
さすが詩人だ。身に沁みる。