富士正晴が「この見事な最期を迎えたのは、生きることに執着しなかったからだと思われます。さらには、妙な言い方ですが、病院に近づかなかったおかげでしょう」。
久坂部は、病院に行くことは良し悪しだ、と考えている。
病院に行けば、「治してもらえる病気もある代わりに、何度も病院に通わされ、長時間待たされ、いろいろな検査を受けさせられ、不具合を見つけられ、その治療のためにまた病院からは解放されず、不安と心配と面倒な毎日が続く危険性が高いでしょう」。
わたしはこれに大いに同意する。
久坂部羊の父親の自由な振る舞い
久坂部が認めるもうひとりの死の「達人」は、久坂部の父親である。
この人がまたすごい。
かれは元麻酔科の医者だが、医療の面ではおよそ医者らしからぬ、「かなり破天荒な考えの持ち主だった」という。
「何しろ、85歳で前立腺がんの診断を受けたときには、『しめた! これで長生きせんですむ』と喜んだ人である。当然、治療も検査もいっさい拒否」
わたしは、この「しめた!」に驚いた。がんに罹って喜んでいるのだ。こういう人がいるのか。
しかしかれもまた、日々の生き方が独特だったのである。
かれは「若いころには糖尿病と診断されたが、しばらくは食事療法はしたものの、効果がないのですぐにやめ、以後まったく治療をしなくなった。カロリー計算などもいっさいせず、血糖値も、検査さえしなければ気にならないという独自の理論で、ほったらかしにしていた」。
後年、状態がひどくなって「インシュリンの自己注射をはじめてからも、まんじゅうやケーキは食べ放題、コーヒーには必ず砂糖を3杯入れ、タバコも1日20本という不摂生ぶりだった」。
わたしにも、長年糖尿病を患っている弟がいるが、この父親の自由な振る舞いはおよそ考えられない。