西周
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(町田 明広:歴史学者)

西周の功績:言葉を創り、思考を創る

 西周の最大の功績は、単なる思想の輸入者であったこと以上に、西洋の抽象的な概念を日本語に定着させるための「言葉の創造者」であった点にあろう。西は「言葉は思考の形式そのものである」と深く認識していた。

 西による言語的創造は、日本、さらには東アジア全体の近代化を支える知的基盤を構築するという、計り知れない歴史的意義を持つものであった。新しい言葉を創ることは、新しい思考の枠組みそのものを創ることだったのだ。

独自の翻訳に関する哲学

 西周の翻訳に対する基本姿勢は、彼の以下の言葉に凝縮されている。

 洋学ノ書ヲ訳スニ、直訳ノ名ニ惑ハスベカラズ。名ハ義ニ随ヒ、義ハ理ニ由ルベシ。(『百一新論』草稿)

 つまり、西洋の書物を翻訳するには、表面的な逐語訳に惑わされてはならない。言葉(名)は意味(義)に従うべきであり、その意味は物事の本質(理)に基づかねばならない、と西は述べている。

 西にとって翻訳とは、単語を置き換える作業ではなく、概念の本質(理)を深く洞察し、その意味(義)に最もふさわしい日本語の言葉(名)を創造する、極めて高度な知的作業であったのだ。