ドラマよりもはるかにしつこかった朝廷に処分断行

 実際の朝廷とのやり取りの中では、昨年の大河『光る君へ』にも登場した敦明親王(あつあきらしんのう)が引き合いに出された。敦明親王には、「小一条院」という称号が与えられ、准太上天皇(上皇に準ずる存在)として経済的に優遇されることになったので、定信も典仁親王を経済的な面で優遇することは認めた。朝廷との話し合いはいったんはそれでまとまっている。

 だが、それでも光格天皇が諦めず、関白が鷹司輔平(たかつかさ すけひら)から一条輝良(いちじょう てるよし)に代わったタイミングで朝廷側が再アプローチしてきたため、定信はこれを頑として認めずに却下。そのときに、朝廷が強引に断行した場合もきちんと考えて、あらかじめ幕府内で協議を重ねていた。

 そして定信の読み通りに、朝廷が強行突破しようとしてきたので、定信は断固として拒否しただけではなく、中山愛親と正親町公明という2人の公家を江戸に呼び「職責を果たしていない」と処罰することにしたのである。

 つまり、ドラマよりも朝廷は、はるかにしつこかった。そして定信のほうは自分なりに最大限に譲歩し、それでも朝廷が諦めない可能性を常に念頭に置いて、毅然とした対応をあらかじめ決めていたことになる。

 ドラマの中では「武家が公家を処罰する」という事態に戸惑いをみせる側近たちに、定信が「政(まつりごと)を任されている以上、武家、公家を問わず、上様の臣下であることには変わりない。道理は通っておる」と言い、「では、せめて朝廷にはかってから……」という意見もはねつけている。

 このシーンも解説が必要だろう。これまでも幕府が官位を持つ公家を処分することはあった。だが、その際には必ず事前に朝廷に通告し、朝廷が官職を解いてから、幕府が処分するという流れが慣習となっていた。

 幕府側が朝廷の顔をつぶさないように配慮していたわけだが、定信は「武家も公家もともに王臣」という方針から、このときには朝廷に事前に通告することなく、大名を処罰するときと同じように、公家にも処分が断行されることになった。

 定信の言い分は考え抜かれているだけあって、筋は通っている。だが、それで皆が納得するかどうかはまた別の話だ。「定信はやりすぎではないか」という声が高まり、いよいよ定信は老中から罷免されることになる。

「独裁的な傾向が強い定信を、将軍補佐と老中の双方から解任すべし」

 一橋治済の賛同を得たうえで、そんなふうに老中の評議にかけたのは、意外にも定信の側近である本多忠籌(ほんだ ただかず)だった。ドラマでは、矢島健一が演じているが、政局のキーパーソンとして注目したい。