蔦重と距離を置くようになる喜多川歌麿の「心境の変化」
蔦重のパートでは、喜多川歌麿の心が離れていくプロセスが、丁寧に描かれることになった。
史実においても、歌麿は美人絵でヒットを飛ばしたのちに、蔦重が経営する耕書堂以外の版元と仕事をするようになる。2人の間に何らかの軋轢が生じたことは確かなようだ。
ドラマでは、評判の町娘を描いた「美人絵」がウケたために、蔦重が膨大な量の美人絵を歌麿に描かせようとする。
歌麿が「ひと月でこれだけできるわけねえだろ!」と抵抗すると、蔦重は「この際、弟子に描かせたらどうだ? 弟子にあらかた描いてもらって、お前が名だけ入れりゃいい」とまさかの提案をしている。
同時期に歌麿は、昔からの自分のファンで、企画も熱心に提案してくれる西村屋の二代目・万次郎からもアプローチを受けていた。恩義があるとはいえ、蔦重から離れて、ほかの版元にいくのも無理からぬことだろう。
その後も、自身の借金100両を歌麿の絵50枚で返す話を勝手に決めるなど、歌麿がドン引きするような言動をとった蔦重。身上半減によって経営が苦しく、借金が返せていない焦りからだったが、もう一つ大きな理由があった。それは、妻のていが身ごもったことだ。歌麿にも「頼む、ガキも生まれるんだ」と頭を下げている。
子どもが生まれるとなれば、確かに心持ちが変わってもおかしくはない。蔦重の変貌ぶりに説得力を持たせる展開になっていたように思う。
ただし、史実においては、蔦重に実子がいたという確かな記録はなく「勇助(ゆうすけ)」という番頭を養子に迎えている。ドラマでは、子が無事に生まれるのだろうか。展開を見守りたい。
次回は「裏切りの恋歌」。蔦重が歌麿の心境の変化に気付くことになりそうだが、もはや「時すでに遅し」。後悔した蔦重が、再び出版人としてのフレッシュな気持ちを取り戻せるかどうか。一方、松平定信が大老になるべく動き出す。
【参考文献】
『新版 蔦屋重三郎 江戸芸術の演出者』(松木寛著、講談社学術文庫)
『蔦屋重三郎』(鈴木俊幸著、平凡社新書)
『蔦屋重三郎 時代を変えた江戸の本屋』(鈴木俊幸監修、平凡社)
「蔦重が育てた「文人墨客」たち」(小沢詠美子監修、小林明著、『歴史人』ABCアーク 2023年12月号)「蔦屋重三郎と35人の文化人 喜多川歌麿」(山本ゆかり監修、『歴史人』ABCアーク 2025年2月号)
『宇下人言・修行録』(松平定信著、松平定光著、岩波文庫)
『松平定信 政治改革に挑んだ老中』(藤田覚著、中公新書)
『松平定信』(高澤憲治著、吉川弘文館)




