インバウンドとともにインフレを輸入することになった日本(写真:共同通信社)
円高デフレから円安インフレへ。貿易収支、経常収支の変化から長期的なトレンドの大転換をいち早く予想した唐鎌大輔氏。日本人を貧しくしてきた原因は儲かっても賃上げしない大企業の「収奪的システム」にあることを喝破した河野龍太郎氏。注目の二人のエコノミストが、このほど対談形式で『世界経済の死角』(幻冬舎新書)を上梓した。
12時間の対談、さらに往復書簡のように数カ月やりとりしながら、ホットな論点を網羅したという。その中から、唐鎌氏には円安インフレの行方、河野氏には崩れゆくアメリカの覇権、その本質について話を聞いた。(聞き手:大崎明子、ジャーナリスト)
「日本は外国人から見て何もかも安すぎる」
──ベースとなる対談は昨年12月に行われたということですが、ドル基軸通貨体制はこのまま続くのかなど、今まさに注目され始めたテーマも入っています。新書ながらかなり作り込んだ内容の濃い本ですね。
唐鎌:昨年末、まだトランプ政権発足以前でしたが、我々が対談で提起したテーマがその後、次々に現実化していきました。
「ドルの覇権は揺らいでいるのか」と最近よく尋ねられます。関税については、トランプは高い球を投げても、アメリカの景気を悪化させることはしないだろうと河野さんもおっしゃっていたし、私も同じ意見でした。現に、「TACO(Trump Always Chickens Out:トランプは常に尻込みする)」と言われていますよね。まさに、現在進行中の話を深く掘り下げたと思います。
──参院選では外国人の流入を問題にした参政党が躍進しました。国民民主党も外国人の土地取得規制を掲げていました。この本でもインバウンドの問題、外国人労働者の問題が語られています。
唐鎌:対談は「日本は外国人から見て何もかも安すぎる」という話から始まっています。これは足元では円安だけのせいとも思われがちですが、1ドル100円になったからと言ってニューヨークやロンドンでの生活が割安になるかと言えばそんなことはない。そもそも日本の財やサービスの値札(値付け)が安いのです。
それはひとえに名目賃金の差があり、さらにその背景には河野さんが指摘する「収奪システム」があるわけです。
この30年、一人当たりの生産性はフランスやドイツよりも上昇していて、企業は儲かっているのに、賃上げをしてきませんでした。その間、外国では賃金も物価も上昇していました。そこへ円安相場も重なったことで「安い日本」は極まったというわけです。
そして、ここ数年は政府が旗を振ってインバウンド需要を喚起してきましたが、私は拙著を通じ「インバウンドと共にインフレを輸入することになり、外国人の消費、投資の向かう商品・サービスの価格は特に上昇していく」と指摘していました。
そして、インフレは購買力平価上の円安を肯定します。2022年ごろから円安が進むと、購買力平価と乖離(かいり)した過剰な円安は続かないと見る意見が多かったのですが、私は逆にインフレが進んで購買力平価の方が修正される形で、日本の家計を圧迫することになるのではないかと懸念していました。
実際、今そうなってしまいました。東京のマンション価格は中国の富裕層の購入により吊り上がって、日本の若い人が地方から来て東京のマンションを買うことはもはやできなくなっています。ホテルや外食の値段も急上昇しました。

