ザポリージャ原子力発電所のある地域を中立地帯にして、アメリカが管理するという提案も、ウクライナは容認しないであろう。もともとがウクライナのものであるこの原発は、今はロシアが占領し、管理している。ウクライナにとっては、支配者がロシアからアメリカに移るだけである。アメリカとロシアという大国の取引の犠牲になるのはウクライナである。
地政学と国益の配慮がない
第四に、停戦の仲介は、戦争当事国を超える大国にしてはじめて可能なことである。仲介国は、トランプのように経済的利権を入手することだけを考えるのではなく、世界のなかでの自国の威信と地政学的考慮を尽くすべきである。
陸続きで多数の国がひしめくヨーロッパ大陸において、ロシアの軍事的脅威にどう対処するのか、世界一の大国はヨーロッパで重きをなさねばならない。
第二次世界大戦前は、イギリスが世界の覇権を握るパックス・ブリタニカであった。英国は、ヨーロッパ大陸においてバランサーとしての役割を果たすことに腐心した。具体的にはドイツとフランスのバランスをとることである。それは、結局は国益につながった。ところが、トランプには、そのような発想がない。
1904年2月に勃発した日露戦争では、日本は、1905年3月に奉天会戦に勝ち、5月にバルチック艦隊を撃滅したが、戦争を継続していくのは、軍事的にも経済的にも無理であった。そこで、日本は、アメリカ大統領、セオドア・ルーズベルトに講和の斡旋を依頼し、ロシアもそれに応じた。このときに、ルーズベルトが仲介の労をとったのは、アジアにおけるバランス・オブ・パワー、そしてアメリカの国益を考えたからである。
日本かロシアのいずれかが決定的な勝利を収めれば、その国がアジアを支配することになり、それは勢力均衡という観点からは望ましくないと、ルーズベルトは判断したのである。今のトランプには、そのような発想は全くない。
1905年8月にポーツマスでの講和会議が開かれたが、ロシアは南樺太を日本に譲渡したが、賠償金は払わなかった。ある意味で公平な裁定であった。
日本国民は、この結果に不満を抱き、日比谷焼き打ち事件などを起こして抗議したくらいである。
トランプには、このルーズベルトのような公平さを期待できない。彼が望んでいるのは、早期に停戦を実現させ、ノーベル平和賞を受賞すること、そして、ウクライナでビジネスに励み、儲けることのみである。ちなみに、安倍晋三元首相によれば、トランプは、日露戦争のことを知らなかったという。政治家に必要なのは、ビジネス手法ではなく、歴史の知識である。