社員の採用・定着に不可欠な「総合的な転勤対策」のススメ

 とはいえ、ほとんどの社員は力関係において会社より弱い立場です。転勤NGが言いやすくなってきているとしても、退職まで思い切るのは相当勇気がいります。エン・ジャパンの調査によると、転勤辞令を受けたことがある人のうち、転勤を理由に退職したことがあると答えた人の割合は31%。7割近くは甘んじて受けたことになります。

転勤を理由に退職まで決意した人は少ないが…(写真はイメージ、beeboys/Shutterstock.com)

 ただ、この数字がずっと変わらないままとは限りません。

 当サイトで書いた記事(『会社の転勤命令は“大迷惑な悪魔のプレゼント”なのか、時には社員を解雇から守る「救い」となるワケ』/2024年4月10日公開)の中でも紹介したように、Indeed Japanの調査では2018年1月~2023年4月の5年間に「転勤なし」をうたった正社員求人が3倍になっています。それだけ、転勤NG人材からすると転職先の選択肢が増えていると見ることができます。

 会社側にとって危険なのは、転勤NGの意思表示をする社員が増えつつあることを承知した上で「そう簡単に辞めたりはしないだろう」と高をくくってしまうことです。

 働き手側の価値観の多様化や慢性的採用難、人口減少などによって労働市場における力関係は徐々に変化し、社員が組織に合わせるスタンスから、会社が社員に合わせるスタンスへと移り変わろうとしています。

 さらには夫婦共働き家庭が増え、女性の正社員数も上昇傾向です。また男性の育休取得率が歴史的上昇を見せているように、家事や育児といった家オペレーションに対して性別関係なく取り組む「一億総しゅふ化」も進みつつあります。そんな時代に転勤を強制すると、社員の家庭は立ち行かなくなってしまいます。

 転勤の強制は、男性が仕事に、女性が家庭に100%の時間を費やすことが当たり前だった時代の遺物とも言えます。そんな実像と乖離した残像に見切りをつけ、総合的な転勤対策を進めることは、社員の採用と定着の両面において必要性の高い取り組みと言えるのではないでしょうか。

【川上 敬太郎(かわかみ・けいたろう)】
ワークスタイル研究家。1973年三重県津市生まれ。愛知大学文学部卒業。大手人材サービス企業の事業責任者、業界専門誌『月刊人材ビジネス』営業推進部部長 兼 編集委員、調査機関『しゅふJOB総合研究所』所長のほか、広報・マーケティング・経営企画・人事部門等で役員・管理職を歴任し厚生労働省委託事業検討会委員等も務める。雇用労働分野に20年以上携わり、仕事と家庭の両立を希望する主婦・主夫層を中心に5万人以上の声を調査・分析したレポートは300本を超える。NHK「あさイチ」「クローズアップ現代」、テレビ朝日「ビートたけしのTVタックル」等メディア出演、寄稿多数。現在は、『人材サービスの公益的発展を考える会』主宰、『ヒトラボ』編集長、しゅふJOB総研 研究顧問、すばる審査評価機構株式会社 非常勤監査役のほか、執筆、講演、広報ブランディングアドバイザリー等の活動に従事。日本労務学会員。男女の双子を含む、2男2女4児の父で兼業主夫。