他人事ではない差別の歴史

 エルサルバドルのCECOTに強制連行された、無罪の可能性もある移民男性たちが数十人すし詰め状態で収監され、手づかみで食事をさせられ廊下に面した檻の隅に設置された唯一のトイレで囲いもなく排泄させられる実態は、まさしく獣のような扱いである。

 人種の異なる人を獣呼ばわりしそのように扱い、社会から排除することを正当化する思想は、人類最大の戦争犯罪と言うべき原爆投下さえ、再度正当化させることにつながりかねない危険な潮流だ。

 現在トランプ政権下において目の眩むようなスピードで展開されている一連の異常事態は、後世、ナチスのユダヤ人大量虐殺といった戦争犯罪行為に匹敵する史実の一つにエスカレートするとの懸念を抱かざるを得ない。エルサルバドルへの移民大量移送問題における異常さは、世界がそう認識して注視すべき重大事案だろう。

 差別主義者は都合により、その対象を自身以外の様々な「敵」に向ける。コロナ禍において「チャイナ・ウイルス」と連呼し続けたトランプ氏のおかげで、アジア人は死傷事件を含む苛烈な差別を世界の至るところで受けた。在英邦人である私も怯えて暮らした。日本人が再度、こうした標的にならないという保証などどこにもない。

 エルサルバドルで起きている事象は、日本人にとっては遠い世界の話に感じられるかもしれない。しかし、かつての米政権における過激な差別思想により唯一の被爆国となった日本国民として、何より同じ人間として、今まさに米国から強制退去させられている人たちに起きていることから目を背けてはならないのではないだろうか。

楠 佳那子(くすのき・かなこ)
フリー・テレビディレクター。東京出身、旧西ベルリン育ち。いまだに東西国境検問所「チェックポイント・チャーリー」での車両検査の記憶が残る。国際基督教大学在学中より米CNN東京支局でのインターンを経て、テレビ制作の現場に携わる。国際映像通信社・英WTN、米ABCニュース東京支局員、英国放送協会・BBC東京支局プロデューサーなどを経て、英シェフィールド大学・大学院新聞ジャーナリズム学科修了後の2006年からテレビ東京・ロンドン支局ディレクター兼レポーターとして、主に「ワールドビジネスサテライト」の企画を欧州地域などで担当。2013年からフリーに。