(英エコノミスト誌 2025年4月19日号)

ウォール街が金塊を買いだめしている。中国やインドの一般市民も買い込んでいる。
ドナルド・トランプ米大統領が今月、世界の大半の国々からの輸入に一律に関税を課すと発表した時、金(ゴールド)はすでに急騰しており、1トロイオンス3166ドルまで上昇して史上最高値を更新する場面もあった。
大統領就任日の水準から17.4%上昇した計算だ。4月11日には同3200ドルの大台に乗せている。
しかし、この世界には、それでも金に対する消費者の熱意がほとんど衰えなかったところがある。
「金価格の高騰で結婚式用のジュエリーの購入をあきらめていますか?」
インドの宝飾品小売最大手タニシュクがムンバイの繁華街に構える支店の外には、そう問いかける看板が掲げられている。
傍らには「夢のための支払いはなし」と書かれており、古い宝飾品を新しいものと交換する「交換祭」なるものを宣伝していた。
金価格は2024年を通じて上昇し続けたが、インドの需要は安定していた。
コタック証券のアニンディア・バナジー氏によれば、価格の絶対的な水準はあまり重要ではない。急落しないことが重要なのだという。
また業界団体ワールド・ゴールド・カウンシルによれば、インド人はまだ結婚式などの行事で「必要だから」金の宝飾品を購入している。
古い宝石類をデザインの新しいジュエリーに交換しようというタニシュクの売り込みが受け入れられている。
金を担保にした資金の貸付も急増している。
世界一のゴールド好き、宝飾品から金塊まで大量購入
アジア諸国はこの黄色の金属の貪欲な消費者だ。
昨年の金の宝飾品購入額が世界で最も多かった国はインドだった。購入量は計560トンに達し、中国(同510トン)さえ上回った(図1参照)。

インドの人々は宝飾品とは別に金の地金やコインも240トン買っており、そちらの中国の購入量は345トンというとてつもない量に上った。
タイでは昨年、金の現物をオンライン販売するアプリの人気が高まったことから、金地金の需要が17%増加して40トンに達した。
ここにインドネシアやベトナムといった国々の市場を加えると、昨年の世界全体における金の宝飾品および金地金の需要(中央銀行の購入分は含まない)のうち64.5%がアジアによる需要となる。
世界人口におけるアジアのシェアとおおむね同じ値だが、平均所得から示唆される水準に比べればかなり高い。
アジア人が金を好む理由は重要なライフイベント、とりわけ結婚において金が担う役割とも関係がある。
宝飾品小売大手のカリヤン・ジュエラーズは、「インドは年におよそ1000万組が結婚する市場であり、この市場だけで恐らく300~400トンの金の需要がある」と推計している。
また、ヒンズー教徒の多くは秋に行われる「ディワーリ(灯明の祭)」の最中や、今年は4月30日に行われる春のお祭「アクシャヤ・トリティーヤー」など、縁起の良い日に金を購入する。
金は中国の文化的伝統にも深く組み込まれている。
本土に住む人々も海外に出た華僑・華人の人々も、結婚や子供の生誕1カ月の記念日など折々の節目の日に購入している。
昔の世代にとって、金を買うことは富を蓄えて子孫に遺す数少ない手段の一つだった。
また華僑・華人のグループの多くは、東南アジアに点在する潮州語を話すコミュニティーの婚礼の伝統を取り入れている。
花婿の家族が花嫁のために金の宝飾品を4種類――ネックレス、腕輪、イヤリング、指輪の4点が普通のパターン――購入するのが習わしで、夫が提供することを期待されている住居の四隅を象徴している。