西半球に閉じこもり繁栄を謳歌するシナリオには無理がある

 トランプ氏は第1次政権時(2017~2021年)から、モンロー主義を賛美する言動を繰り返していたが、西半球に閉じこもるという19世紀的発想で、果たしてMAGAを達成できるのだろうか。

 その一方でトランプ政権は、「最大の競争相手は中国」と断言。ウクライナ戦争を早く片付け、ウクライナに対するアメリカの軍事支援を減らしたい考えだ。欧州の安全はNATO(北大西洋条約機構)の欧州加盟国に任せて、対中戦略に専念したいと強調する。

フィリピン沖で共同訓練に臨む米大型原子力空母「カールビンソン」(左)、海自の護衛艦「かが」(中央)、仏原子力空母「シャルル・ド・ゴール2025年2月、フィリピン沖で共同訓練に臨む米大型原子力空母「カールビンソン」(左)、海自の護衛艦「かが」(中央)、仏原子力空母「シャルル・ド・ゴール(写真:米海軍第7艦隊ウェブサイトより)

 仮にトランプ氏が真剣に「ヤルタ2.0」を目指せば、MAGAとの間に大きな矛盾が生じかねない。世界経済の成長センターは、今後数十年にわたりインド太平洋であることに異論はないだろうが、「ヤルタ2.0」に指向すると、この地域は中国の勢力圏となるからだ。

 現在アメリカは、同地域に数多くの同盟国・友好国を持ち、多数の軍事基地を置き、強大な海軍力で覇権を維持する。この絶好のポジションを簡単に手放し、西半球に閉じこもり繁栄を謳歌するというモンロー主義回帰のシナリオには無理がある。

 インド太平洋の支配権を握った中国が国力を急激に上げ、今度は逆に経済的・軍事的圧力をアメリカにかける可能性も捨て切れない。中国海軍は少なくとも西太平洋の制海権を押さえ、米領グアムはもちろん、ハワイ州の割譲さえ迫りかねない。

中国の習近平国家主席中国がインド太平洋の支配権を握れば、アメリカは逆に圧力をかけられる可能性も(中国の習近平国家主席、写真:新華社/アフロ)

『データブック オブ・ザ・ワールド(2025年版)』(二宮書店)によれば、インド太平洋(中国を除く)の人口は約29億人(2023年)で、国内総所得(GNI:国内総生産=GDPに海外出稼ぎの送金額などを追加)は約16兆ドル(約2400兆円/2022年)に及ぶ。

 対して、アメリカを除く南北米大陸の人口は約7億人(同)、GNIは約8兆ドル(約1200兆円/2022年)。両者の差は人口で4倍強、GNIで2倍もある。

 IMF(国際通貨基金)などの推計では、2025~2030年の経済成長は、インドが年率6~7%、ベトナム、フィリピン、インドネシアなども5%前後と旺盛で、2030~2050年も堅調に推移し、人口も着実に増加すると見られている。特にインドは、2050年までに経済規模でアメリカを抜くとの予測もあり、世界経済の成長センターの地位は当分盤石のようだ。

 一方、ラテンアメリカは、2020年代を通じて経済成長率は2~3%と低調の予測で、その後も高成長は難しいとの見方が強い。人口の伸びも鈍化傾向で、同地域の2大大国、メキシコとブラジルが高齢化に直面し、労働人口の逼迫が経済成長にブレーキをかける恐れもある。

 これらを踏まえれば、少なくともアメリカがインド太平洋を手放すような「ヤルタ2,0」は考えられない。