目立った『文春』頼みの質問

 問題の火付け役のひとつが『週刊文春』だったことは明らかだが、『週刊文春』報道に依拠したまま、糾弾口調で迫るものの、論旨がはっきりしない質問が決して少なくなかった。

週刊文春の2024年12月26日発売号(左)と2025年1月30日発売号(写真:共同通信社)週刊文春の2024年12月26日発売号(左)と2025年1月30日発売号(写真:共同通信社)

 しかし、新事実が明らかにならない記者会見は無意味だ。また後述するように、回答困難な問いに固執したことで、再発防止策や放送事業者としての責務・ガバナンスについての認識など、掘り下げられるはずでありながら、ほとんど掘り下げられなかった問題も山積したまま残った。

 現時点では民事においても訴訟になっていないと認識するが、訴訟リスクを有し、それこそ追及側も指摘するように刑事事件に発展する可能性があるからこそ回答側が発言に慎重になるのは、これはある意味では当然だ。

 責められる側が不利益事項に対して回答しない権利を有していることも忘れるべきではない。

 正面から詰め寄ったところで却って口が重くなるばかりだろうし、更問いで明らかになることがあるとしても、あまりに非常識な長さであるのみならず、結果論でいっても中盤以後、新たに明らかになった事項は乏しい。

 問題の性質上、元従業員のプライバシーには、質問側も、回答側も極めて慎重になる必要があることもまた当初から明らかだった。衆人環視の記者会見会場で話せることには限界がある。

 そのために、会見は厳密にはライブ配信ではなく10分のディレイ処理が要請された。

 センシティブな発言などに、音声をマスクするためである。

 そうであるにもかかわらず、質問側がプライバシーに配慮しない質問を、しかも『週刊文春』に依拠しながら発言するなどして、音声が止まる場面もあった。

 これでは本末転倒だ。