長期刑の受刑者が数多く収容されると言われる徳島刑務所(写真:Sorrysorry, Public domain, via Wikimedia Commons)
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 史上最悪の少年犯罪と呼ばれる「綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件」。山﨑裕侍氏(北海道放送(HBC) 報道部デスク)は、2000年から約四半世紀にわたり、本事件の加害少年たちの取材を続けてきた。

 少年事件の加害者が「更生した」とは、いったい誰が、どの時点で判断するのか。再犯せず、働き、納税していれば「更生」と言えるのか。それは被害者にとっても同じ意味を持つのだろうか。『償い 綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件 6人の加害少年を追って』を上梓した山﨑氏に、話を聞いた。(聞き手:関瑶子、ライター&ビデオクリエイター)

──1989年に発生した綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件(以下、綾瀬事件)では、犯行当時少年であった主犯格A、準主犯格B、自宅を監禁場所として提供したC、監視役Dが有罪判決を受けて刑務所に収監されました。山﨑さんは彼らや彼らの関係者に取材すると同時に、事件に関与したとして少年院送致となった元少年のE、Fにも接触しています。出所後の彼らの生き方や事件との向き合い方について、どのように感じましたか。

山﨑裕侍氏(以下、山﨑):BとCには直接本人に取材し、Dについては母親に話を聞きました。E、Fとも、本人と直接会って話をしています。刑務所を出たB、C、Dと、少年院から出たE、Fの間には、明確な差がありました。

 Bは、綾瀬事件で有罪判決を受けて服役して出所した後、転落したような人生を送り、再犯に手を染めました。私は再犯で勾留中から手紙のやり取りもしましたし、面会もしました。けれども、事件と真正面から向き合うような姿勢は一切感じられませんでした。

 Cも同様です。謝罪や償いについて尋ねても明確な答えが返ってくることはありませんでした。そして彼もまた、再犯事件を起こしています。

 Dは出所後、長く引きこもり状態が続き、同居する母親ともほとんど会話のない日々を送っていたようです。

 一方で、少年院送致となったEとFは、少年院で自分自身の課題と向き合い、「きちんと生きること」で「償い」を実践しているように感じました。2026年1月現在、彼らは再犯することなく、社会の中で生活しています。

──もし、A、B、C、Dが少年院送致となっていたら、結果は違っていたと思いますか。

山﨑:刑務所は基本的に「懲らしめ」のための施設ですが、少年院は教育機関です。少年院では、コミュニケーション訓練やロールプレイングなどを通じて、家庭環境の問題や自身の弱さと向き合う機会が与えられます。それは「学び直し」というよりも「育て直し」に近いものです。

 EとFは、その過程を経ることで自分の課題を理解し、罪と向き合うことができたのだと思います。A、B、C、Dにも、同様の教育や更生プログラムが施されていれば、罪の受け止め方やその後の人生は、少なからず違った方向に向かったのではないかと感じています。

──書籍には「(少年事件加害者の)再犯は、決して許されない」と書かれていますが、綾瀬事件では有罪判決を受けた4人中3人が再犯しました。