復旧復興が進むほどに見えにくくなる何か
ズタズタになった都市インフラは長い時間かけて復旧した。横倒しになった高速道路は復旧し、ぐにゃぐにゃになった線路も元に戻った。がれきは撤去され、その場所に何か新しい建物がたった。
一見してきれいになった神戸の街では、今はもう震災の傷跡を探すことは困難になっている。言わんや、震災の前の街の雰囲気を残す場所すら、少なくなった。そんな街の中で、震災を知らない灯が唯一、震災を体感できる場所が、おそらくこの市場だ。
震災から7年が過ぎたばかりの神戸に全国紙記者の最初の勤務地として赴任し、大規模な復興再開発事業が進められ、高層ビルが林立して変貌していく長田の街を見つめながら、わたしは被災した人たちの取材をしてきた。まるで忘れられたように昭和の空気をまとってたたずみ続けている丸五市場にも何度も通った。
月日が経つに連れ、何かが見えにくくなり、丸五市場も訪れるたびにどんどん小さくなっているように感じられた。しかし、そこにずっと市場は存在してきた。稼働する店舗の数こそ減ったが、今もコミュニティーの中で、何かを黙して語り続けている。
古いシャッターが、狭い通路が、手書きの味がある看板の数々が、そしてちょっと目を凝らしたら見える物理的な震災の傷跡の数々が、ある種のフックとなって知らない者たちの感受性を刺激し、何かを問うてくる。