(写真:elutas/イメージマート)
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(宮崎園子:広島在住フリーランス記者)

 突然だが、「チュウオット」という言葉を聞いたことがあるだろうか。漢字で書くと「駐夫」、駐在員夫のことだ。「チュウヅマ」と言えば、駐在員妻の略、つまり仕事で海外に赴任する夫(パートナー)に帯同する妻のことを言う。多くの場合、夫のビザで帯同するため、もともと会社勤めをしていない、あるいは勤務先を辞めて、専業主婦であることが多い。

 小中高のほとんどを海外で過ごした、いわゆる帰国子女である私は、自分自身が働き出すだいぶ前から「駐妻」という言葉には馴染みがあった。自分の母親が、まさにそうだったからだ。日本人学校時代、友達の家に遊びに行けば、必ずそこには駐妻のお母さんがいた。

 だが、恥ずかしながら「駐夫」という言葉の存在を私が知ったのは、今年に入ってからだ。駐在員夫、つまり仕事で海外に赴任する妻(パートナー)に帯同する夫、というカテゴリーの人に、これまでまったく出会ったことがなかったのだ。

政治部記者からら主夫へのキャリアシフト

 そんな私だが、実はこの秋、「駐夫」体験がある男性に話を聞く機会があった。今年1月、ちくま新書から『妻に稼がれる夫のジレンマー共働き夫婦の性別役割意識をめぐって』を出版した小西一禎さんだ。

 会社員である妻の米国赴任にともなって2017年、自身の会社が設けた「配偶者海外転勤同行休職制度」の男性第1号利用者として子ども2人とともに渡米、仕事漬けで家事・育児は妻にほとんど丸投げをしていた日々から一転、「主夫」として家事・育児をメインで担う立場に。この制度で休職できるのは最長3年だが、その期間を超えて妻の米国駐在が続いたため、考え抜いた末、自身は会社を退職する決断をした。

*イメージ写真(写真:Monkey Business Images/Shutterstock)
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 SNSで著書を知り、ぜひお会いしたいと思って、私がMCを担当するYouTube番組へゲストとして出演していただいた。何よりも関心があったのは、小西さんが元共同通信記者だという点。私も全国紙記者だったので、同業者として「あの業界に、そんな人がいるの?」と驚いたからだ。

 総務省「労働力調査特別調査」によると、共働き世帯数は、1990年代半ばに専業主婦世帯数を追い越し、現在は約7割に達する。だが、私の肌感覚では、全国紙に勤務していた19年間、職場の既婚男性の中に、パートナーの仕事の都合に自身を合わせる形で生きる人はほとんどいなかったし、小西さんも同じような認識だった。そんな業界の中で、国内転勤ではあるが、自分の転勤に夫と子ども2人を巻き込んだ私自身も、当時の社内では珍しい存在だった。

 しかも、小西さんは長く政治部の所属。業界全体で記者の8割は男性というぐらいの男社会の中でも特に色濃く「マッチョ」な部署にいたというからさらに驚きだ。「家事育児を自分でやるという可能性の模索も、やるというマインドもなかった。必要があるとかないなんて考えたこともなかった」と言う小西さんは、2児の父となっても、自分自身の生活はまるで変えることなく、激務の日々を生きていたというのだ。