ソープの床に見つけた「営みの痕跡」
紅子:お店の中にサウナマシンがありました。これはかなり珍しいものです。建前上、高級個室サウナ店という名目で営業しているため、サウナマシンを置くことが義務付けられている地域があります。実際は使用しませんが、数カ月に一回、保健所が視察に来た時に、このマシンがちゃんと動かないと営業ができなくなるそうです。
店には13部屋あり、13台のサウナマシンがありました。「処分してしまうなら引き取らせてください」と店長にお願いしたら「いいですよ」と言っていただいて。本当は全部引き取りたかったのですが、1台が洗濯機くらいのサイズで、ただでさえ物が多い私の部屋にはちょっと収まりが悪い。
写真家でジャーナリストの都築響一さんが長年にわたって集めた、昭和大衆文化のかけらたちが並ぶ向島の大道芸術館、あそこならこのサウナマシンを置いてくれるのではないかと思い、都築さんに相談したら快諾していただけました。
──寄贈されたということですか?
紅子:そうです。大道芸術館ではお客さんもサウナマシンの中に入ることができます。私も入りました。感無量です。
この写真集には、『ニュー桃山』で働いていたななさんという女性と店長のインタビューも含まれています。ななさんは、そのお店で数年間働いていたのですが、「桃山は私の家族同然でした」とおっしゃいました。店が閉店すると決まったら、涙を流すお客さんもいたそうです。
この店で働いている女性たちは、30代から50代前後の方まで年齢に幅があり、お客も若い方から90代の方までいたそうで、人によっては相当長く通ってきたお店でした。店長は働いている女性たちをとても大切にしていた、とななさんが言っていました。
閉店最後の日に、ななさんが自分のスマホで撮影した写真もこの写真集に収められています。ベッドの足と、その下の床を撮影した写真です。客との行為によってベッドが揺れて、ベッドの足が床を削った。その床の傷を撮っている写真です。
──かなり削れていますね。
紅子:ななさんは、この写真を『営みの痕跡』と名付けました。床の傷を愛おしく感じるななさんの想いや感性にぐっときました。彼女がこの店やお客さんを大切にしてきたからこそ、この傷が愛しいのだと思います。そのことがわかったのが、今回一番良かったことでした。
紅子(べにこ)
写真家
元吉原ソープ嬢、シングルマザー。48歳から独学でカメラを学び、全国の遊廓、赤線・青線、歓楽街など性風俗にまつわる街を撮影。2021年9月からYouTube活動を開始、現在、登録者4万人に迫る勢いをみせる。
長野光(ながの・ひかる)
ビデオジャーナリスト
高校卒業後に渡米、米ラトガーズ大学卒業(専攻は美術)。芸術家のアシスタント、テレビ番組制作会社、日経BPニューヨーク支局記者、市場調査会社などを経て独立。JBpressの動画シリーズ「Straight Talk」リポーター。YouTubeチャンネル「著者が語る」を運営し、本の著者にインタビューしている。