実は強力な産業政策を推し進めている米国

中野:株主資本主義が強まった結果、以前と比較すると米国でも企業がイノベーションを起こしにくくなったと指摘されています。

 株主資本主義が流行りだす1980年代より前のほうが、米国経済は成長していましたし、多くのイノベーションが起こっていました。設備投資もふんだんになされていましたし、従業員の給料も右肩上がり。今ほど格差も大きくありませんでした。

 今の米国では、格差が拡大しているだけではなく、1980年代よりも前と比較すると生産性も落ちています。イノベーションも以前ほど起こっていません。

 にもかかわらず、AppleやGoogle、Amazonなどはイノベーションを起こしています。いずれも大企業です。最近では、生成AIがもてはやされています。

 このようなイノベーションは、どのようにして起きているのでしょうか。

 米国のイノベーションは、米国政府の莫大な投資によるものであると分析したのは、シュンペーター派の経済学者であるマリアナ・マッツカートや、社会学者のフレッド・ブロックです。

 実は米国では、米国防総省や米航空宇宙局(NASA)などにより、軍事目的あるいは宇宙目的で巨額の投資が行われています。その技術開発投資が、米国のデジタル産業の基盤となっているのです。

 一番有名な例は、インターネットでしょう。インターネットは、国防総省の特別機関である高等研究計画局(ARPA、現DARPA)の資金提供により開発されたARPANETを基盤として民間に転用されたものです。加えて言えば、半導体もソフトウェアも、もとは軍事ないしは宇宙開発目的で開発されたものです。

 アポロ計画で月にロケットを飛ばす際には、膨大な量の計算が必要となります。その計算のために、米国はコンピュータ技術を発達させました。米国のソフトウェア産業は、宇宙開発事業の産物なのです。

 マッツカートやブロックが明らかにしたのは、米国は市場原理を唱えて株主資本主義を推進しているものの、その裏で政府が強力な産業政策をやっているということです。

 一方、日本は米国から株主資本主義をまねし、市場原理主義を真に受けて、産業政策は市場を歪めるという理由でやめて市場の自由に任せました。その結果が「失われた30年」なのです。(後編:「自由な市場競争ではイノベーションは起きない、中野剛志氏が語るイノベーションと不可分な銀行制度と信用貨幣論」に続く)

中野剛志(なかの・たけし)
評論家。1971年神奈川県出身。専門は政治経済思想。東京大学教養学部卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学。同大学院にて2005年に博士号を取得。2003年に論文 ‘Theorising Economic Nationalism’ (Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。

関 瑶子(せき・ようこ)
早稲田大学大学院創造理工学研究科修士課程修了。素材メーカーの研究開発部門・営業企画部門、市場調査会社、外資系コンサルティング会社を経て独立。YouTubeチャンネル「著者が語る」の運営に参画中。