イノベーションを起こせるのは誰なのか?

中野:例えば、馬車しかなかった世界で、私が自動車を発明したとしましょう。私は膨大な利益を得るでしょう。その利益を投資して、もっと速く走れる自動車や環境に配慮した自動車を開発すれば、次のイノベーションを起こすことができます。

 これは、最初にイノベーションを起こしたものが他の追随を許さずにイノベーションを起こし続け、利益を得られるという例です。

 ここで、自由競争の世界で私が自動車を発明したと想定してみましょう。この世界では競争は自由なので、次から次へと私の発明をまねて自動車を製造する企業がたくさん現れるはずです。最初にイノベーションを起こした私の懐に入ってくるはずだった利益は、多くの自動車会社にもっていかれてしまうでしょう。

 これでは、どの企業も次のイノベーションを起こすに十分な利益を得られません。自由な経済競争では、いつ潰れてもおかしくないような中小零細企業が乱立するようになります。そんな状態で、誰がイノベーションを起こせるのでしょうか。

『資本主義・社会主義・民主主義』の中でシュンペーターは、イノベーションを起こすのは大企業であると述べています。第一に、大企業は内部資金が豊富なため、多少の不況でも倒産することはありません。

 また、企業が将来的に利益を得ていくためには、投資をして次のイノベーションに備える必要があります。そして、自社を少しでも有利にするために、他の企業が入ってこられないよう自分たちのマーケットを囲い込むようになります。

 他の企業の参入を阻止することは、まさに「競争の制限」と言えるでしょう。

 つまり、競争を制限するような企業こそが、イノベーションを起こせるのです。そのような強大な力を持つのは、大企業にほかなりません。

 複数の企業が自由に競争をすれば、どの企業も利益がほとんどない零細企業になってしまいます。イノベーションが起こらないので市場は均衡しているかもしれませんが、経済発展を望めるような状態ではありません。

 現在の日本では、スタートアップ企業がイノベーションを起こすのだから、スタートアップ企業をサポートすることが大事だともてはやしている風潮がありますが、シュンペーターはそんなことを一切言っていません。