単独で成し遂げるのは難しい「ターンアラウンドの取り組み」

 日産は世界販売台数の防衛ラインを350万台に後退させる「ターンアラウンド(方向転換)の取り組み」を発表しているが、実際にこれで戦えるという武器が見えなければ何の意味もない。

 今、日産に一番必要なのは、日産がこれなら売れそうだと予想して出すクルマ作りから、顧客が日産に何を期待しているかを体現するクルマ作りへの転換なのだが、それが本当にできそうだというプランは今のところ見えてきていない。プロダクトベースの再建プランを重ねて提示すべきだろう。

 もうひとつの問題は、ホンダとの提携話をうまく進められたからといって日産が助かるとは限らないということ。

 日産は北米における新商品の空振り率の高さで窮地に陥ったが、全てがダメだったというわけではない。例えば、エクストレイルはアメリカでは旧型より販売を落としてしまったが、日本では車両価格が高額である割には堅調に売れている。ユーザーが日産に何を期待するかは市場によって異なっており、その期待に応える回答も一つの正解があるわけではない。

 当たるか当たらないかは出してみないと分からないがゆえに、自動車ビジネスはかつて“水商売”とも言われた。それを何とか緩和しようと世界のメーカーはユーザーにメーカーのファンになってもらい、他に目移りさせないよう商品や技術を軸としてユーザーにその価値を理解してもらえるようコミュニケーションを徹底的に取るブランディングを懸命に講じてきた。

 プレミアムセグメントやその上のプレステージブランドを除く大衆ブランドでそれを最もうまくやった1社がトヨタだが、日産はそこが完全に手薄だった。

 日産もかつてはひとかどのブランドとして世界を席巻したメーカーだが、今はブランドパワーという観点では他社の後塵を拝しているのが実情だ。単に売れそうなクルマ作りをやるというのではなく、販売を上向かせながら日産にオールドファンを呼び戻しつつ新しいファンも吸引するクルマ作りをやるというのは、ユーザーの琴線に触れる道筋の読みひとつ取っても果てしなく困難だ。もちろんホンダからのOEM(相手先ブランドによる供給)で商品ラインナップを補完すれば何とかなるという問題でもない。

 とどのつまり、日産が今果たさねばならないのはまず“らしさ”を取り戻すこと、そして日産の目指すモビリティのあり方をユーザーにポジティブに受け取ってもらうことだ。

 内田社長は業績悪化で散々批判を浴びているが、絶対権力者であったゴーン氏失脚で権力争いが常態化する社風に戻ってしまった日産の社内融和に相当の労力を割かざるを得なかったという事情を思うと、同情すべき点もなくはない。

 とはいえ、経営者の評価は結果が全てである。すでに就任後5年が経過しているということもあって早期退陣の噂も聞こえるが、日産らしさを取り戻すという最も難しい仕事を貫徹、成功させることができるか。

 350万台という新しい防衛ラインも単独でそれを成し遂げるのは容易ではなく、ホンダとの提携を実りあるものにすることは必須条件だろう。一個人としても日産車ファンだったという内田社長の調整手腕にいま一度期待したい。

日産自動車本社日産自動車本社(横浜市、写真:共同通信社)

【井元康一郎(いもと・こういちろう)】
1967年鹿児島生まれ。立教大学卒業後、経済誌記者を経て独立。自然科学、宇宙航空、自動車、エネルギー、重工業、映画、楽器、音楽などの分野を取材するジャーナリスト。著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。