求められるガイドラインの整備
たとえば、今回の実験はメディアがその気になれば、過去に実在した人物をデジタル技術で復元して、言いたいことを言わせられるという事実を示している。
対象が存命の人物であれば、「この映像は私ではない」と言うなどして否定できるだろうが、故人の場合はまさに「死人に口なし」であり、デジタル・レザレクションの制作者が公表しなければ、偽情報を事実として流布させることも可能になってしまう。
もちろん、今回のOff Radio Krakówの実験は秘密裏に行われたものではなく、3人のAIパーソナリティの作成も故人とのインタビューも、すべてデジタル技術を活用して生成されたものであることが公表されている。
ただ、その後に起きた大きな反発は、彼らの行った「公表」と、リスナーや関係者、一般市民の期待する「公表」のあり方がずれていたことを示すものだ。
また多くの人々から敬愛される人物を、デジタル的に復活させるという行為自体が、まだまだ多くの人々にとって、倫理的な一線を越えたと見なされているとも考えられる。5年前、NHKが「デジタル美空ひばり」を制作した際にも、その倫理性をめぐってさまざまな議論が行われたことが記憶に新しい。
AI技術の発展が留まるところを知らない以上、デジタル・レザレクションの技術はさらに進化し、これからも多くの有名人が復活するだろう。それがどのような手順で行われれば適切と言えるのか、幅広い議論と、ガイドラインの整備を進めることが求められている。
【小林 啓倫】
経営コンサルタント。1973年東京都生まれ。獨協大学卒、筑波大学大学院修士課程修了。
システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米バブソン大学にてMBAを取得。その後コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業、大手メーカー等で先端テクノロジーを活用した事業開発に取り組む。著書に『FinTechが変える! 金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』『ドローン・ビジネスの衝撃』『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『ソーシャル物理学』(草思社)、『データ・アナリティクス3.0』(日経BP)、『情報セキュリティの敗北史』(白揚社)など多数。先端テクノロジーのビジネス活用に関するセミナーも多数手がける。
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