社員の熱意を高めるために大切な「許す心」

 誰にも無限の可能性があるわけですから、リーダーにとって大事なことはその能力をフルに発揮してもらうことです。しかし、先のギャラップ社の調査結果でも明らかなように、日本では熱意ある社員はわずか5%しかおらず、ほとんどの人が持てる能力を活かせていません。

 日本経済にとっての最大の課題は、全ての社員のモチベーションを高めることなのです。

 稲盛さんは、京セラ創業当時より、全社員の熱意を高めるためには何が必要かを徹底的に考えていました。そのために、すでに説明したように、創業3年目に経営理念を「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献する」と決めました。

 つまり、経営の目的は「全従業員の幸せを実現すること」であり、経営の意義は「人類、社会の進歩発展に貢献すること」と、誰も文句のつけようのない公明正大で大義名分のあるものに定めたのです。

 稲盛さんは「人間は自らの幸せのためなら、どんな困難に直面しようと、それを自らの努力で乗り越えようとするものだ」と言い、「誰でも世の中に役立ちたいという良心を持っている」と話していました。京セラの経営理念はそのような人間の本質に基づいたものでもあり、だからこそ誰もが素直に納得できたのです。

 こうして稲盛さんは、「京セラは、全従業員が、自分たちが幸せになるために、また、社会の発展に貢献するために存在している。自分たちはこの目的と意義のために一生懸命に働くのだ」と宣言したわけです。

 稲盛さんは、「事業の目的と意義とは生涯かけてやろう、自分で進んでやろうと思わせるもの」であり、「それを全社員が共有するから生き生きとした組織になる」と説明していました。実際に、この経営理念は全社員の熱意・モチベーションを高める強い土台となったのです。

 稲盛さんは「本人のやる気を拡大するような導き方をすることが大切だ」と言っています。そのために、経営の目的と意義を明確にし、それを実現するために必要なフィロソフィを語り、常に社員のモチベーションが上がるように気を付けていました。同時に、やる気を失うことがないようにも細心の注意を払っていました。

 例えば、稲盛さんは「逃げ場のないプレッシャーを与えてはダメなんだ。それでもやる気を高めなければならないんだ」と語っています。

 仮に部下の成長のために能力を未来進行形で考え、あえて高い目標を設定してプレッシャーを与えたとしても、本人がそれを生き地獄のように感じたとしたらどうでしょう。大切な部下を精神的に潰してしまうかもしれませんし、極端な場合、不正に走らせるかもしれません。

 当たり前ですが、やる気があって一生懸命努力しても失敗することはあります。稲盛さん自身、そのような経験を重ねています。ですから、うまくいかなかったときに、その失敗をあげつらうと、意気消沈し、やる気をなくしてしまうということをよく分かっていました。それでは、上司も部下も、お互いに不幸です。

 リーダーには当然厳しさが必要ですが、思いやりや優しさ、さらには、場合によっては、失敗を「許す心」「忠恕(ちゅうじょ)の心」が大切だと話していたことがあります。それが、長い目で見ると部下のやる気を高めるからです。

 失敗を許すことには、葛藤があり、簡単ではありません。それができるようになるためにも、高い人間性が必要になると教えていたのです。