「騙されても騙されても部下を信じるしかなかったんだ」

 創業当初、中小零細企業でしかなかった京セラには、世間でいう高学歴で能力の高い人はいませんでしたが、それでも、急速な成長発展を遂げることができました。それは、稲盛さんが優秀な社員がいないことを嘆くのではなく、「誰にも無限の可能性がある」と信じ、在籍している社員全員の能力をフルに発揮させ、全員参加の経営を実現させてきたからです。

 その無限の可能性を引き出す方法の一つとして、稲盛さんは、社員から提案があれば社員を信じて受け入れ、任せることにしたと言っています。それでうまくいくことは少なく、失敗することのほうが多かったようですが、それは承知の上だったのです。

 稲盛さんは当時を振り返って、「俺を騙すのは簡単だが、騙されても騙されても部下を信じるしかなかったんだ」と述懐していました。

 社員が「こうしたい」と提案をしてきたときに、「君では無理だ」と否定してしまえば、その社員の能力を高めるチャンスだけでなく、新しいことにチャレンジしようという意欲も奪うことになります。

 ですから、無理かもしれないと分かっていても、「こうしたい」という提案があれば、やらせてみる。それで失敗し、また「今度はこれがしたい」と言ってきたら、それもやらせてみせる。こうして、騙されても騙されても、全社員の前向きな思いや熱意をできるだけ尊重し、信じるしか方法はなかったというのです。

 しかし、その結果、社員の積極性・主体性が高まり、無限の能力が発揮されるようになりました。そして、次々と新製品の開発に成功することができたのです。このような経験から、稲盛さんは「社員に自発的・能動的になってもらうことが一番大事」だと教えています。

 このような発想が生まれた背景には、稲盛さんのつらい経験があります。

 何度も説明したように、最初に就職した松風工業で、稲盛さんは自分の能力も可能性も信じてもらえず、そのため退社することになりました。このような自分の経験から「社員の可能性を否定すれば、社員はやる気をなくしてしまう」し、逆に「信じてあげれば、必ず能力を発揮してくれる」ことがよく分かっていたのです。だからこそ、「騙されても騙されても部下を信じる」ことができたのです。

「能力を未来進行形で考える」という稲盛さんの有名な言葉があります。誰にも無限の可能性があることを前提として、高い目標にチャレンジしようとするとき、今の能力で「できる」「できない」を判断するのではなく、「能力は努力することで高めることができる」と能力を未来進行形で考え、判断すべきだというのです。

 そして、「能力を未来進行形で考える」ことができれば、「部下の無限の可能性を信じる」ことができ、高い目標にも勇気を持ってチャレンジする風土が作れるというのです。