賃金上昇に見合うだけの「生産性向上」は実現できるか

 ポイントその2は、「世帯収入が増える」ことです。最低賃金の引き上げによってさらに雇用が増える、少なくとも雇用を維持できれば世帯収入は増えることになります。物価高が続く中、世帯収入が増えれば家計負担が軽減されます。

 総務省発表の「消費者物価指数」によると、2023年は生鮮食品を除く総合指数で前年比3.1%増。その前年は2.3%増です。それに対し、もし2029年に最低賃金が1500円になれば、2025年以降は平均で約7.3%増加する計算となります。このペースであれば、物価上昇を上回る賃金増加が期待できます。

 最後、ポイントその3は「会社の生産性が上がる」ことです。もし最低賃金の引き上げによって人件費負担が増大し、一時的に経営が圧迫されたとしても、会社が人員削減せず雇用を維持しようと工夫改善を試みれば、それが呼び水となり生産性向上へとつながっていくことが期待できます。

 また、その流れで世帯収入が増えて消費が活性化していけば、会社の売上利益も増えていきます。最低賃金が高い水準に設定されることによって半ば強制的に賃金相場が引き上げられたのであっても、それに見合うだけの生産性が実現されるならば、結果として経済活動全体がより望ましい状態に引き上げられることになります。

 楽観シナリオは、「雇用が増える」→「世帯収入が増える」→「会社の生産性が上がる」→「雇用が増える」……と望ましいスパイラルを生み出します。それは確実に日本経済を良い方向へと誘い、人々の生活は楽になる方向へと近づいていくはずです。楽観シナリオ通りになれば、最低賃金1500円という劇薬は大いに歓迎される施策に違いありません。

 しかし、果たしてそううまくいくものなのでしょうか。【後編】では、最低賃金1500円という劇薬によるネガティブな影響が、望ましくない形でつながることで起きそうな悲観シナリオについても、ポイントを大きく3点整理したいと思います。そして、楽観シナリオと悲観シナリオとを分ける鍵がどこにあるのかを探ってみることにしましょう。

>>【後編】2020年代という期限は選挙対策の“放言”か、早急な賃上げが日本経済を崩壊させるワケ

【川上 敬太郎(かわかみ・けいたろう)】
ワークスタイル研究家。男女の双子を含む、2男2女4児の父で兼業主夫。1973年三重県津市出身。愛知大学文学部卒業後、大手人材サービス企業の事業責任者を経て転職。業界専門誌『月刊人材ビジネス』営業推進部部長 兼 編集委員、広報・マーケティング・経営企画・人事部門等の役員・管理職、調査機関『しゅふJOB総合研究所』所長、厚生労働省委託事業検討会委員等を務める。雇用労働分野に20年以上携わり、仕事と家庭の両立を希望する主婦・主夫層を中心にのべ約5万人の声を調査・分析したレポートは300本を超える。NHK「あさイチ」、テレビ朝日「ビートたけしのTVタックル」等メディアへの出演、寄稿、コメント多数。現在は、『人材サービスの公益的発展を考える会』主宰、『ヒトラボ』編集長、しゅふJOB総研 研究顧問、すばる審査評価機構株式会社 非常勤監査役の他、執筆、講演、広報ブランディングアドバイザリー等の活動に従事。日本労務学会員。