なぜ役者に「大丈夫?」と言う質問が要注意なのか

──役者に「大丈夫?」と質問することは要注意だと書かれています。テイクのたびに「大丈夫?」と気持ちを確認することがICの仕事だと想像してしまうところですが、この質問にはどんな問題があるのでしょうか?

西山:「大丈夫?」という聞き方は万能の効果があるような気もしますが、「大丈夫じゃありません」と言える境遇が、実際どれくらいあるかということです。子供の頃から「大丈夫です」と答えるように仕向けられてきた側面もありますので。

 私が「大丈夫?」と聞けば、相手は「大丈夫」と答えますが、それは必ずしも本当の合意ではありません。ですから、ただ「大丈夫?」と質問するのではなく、「今すごく手握られていたけれど、痛くなかった、大丈夫?」など、1つずつ細かくポイントを確認するようにしています。そうすると、相手もその部分に関しては感想を言える。

 全体的に「大丈夫?」だと、なんとなく「大丈夫」だと返してしまうのです。でも「大丈夫」という言葉を引き出すことが私の仕事ではありません。

──私もかつてテレビの制作の仕事に携わっていたので思いますけれど、これはインティマシー・シーンに限らず起こりがちなことですよね。本当は断りたいけれど、やらされた、言わされた、内心では不服……ということが撮影現場では起こりがちです。

西山:結構多いですよ。求められる仕事の量や内容が変わっていくとか、撮影日数が増していくとか、誘導されて何かをさせられたり、言わされたり。そういう時に「大丈夫ですか?」って聞かれたら、内心ではいろんなことを思っても、「大丈夫です」って日本人は答えがちです。それを本当に「大丈夫」と受け取っていいのかということですよね。

──「プロデューサーやキャストをケアする担当のスタッフなどが、ICを兼ねたいのでトレーニングを受けられるか?」と聞かれたこともある、と書かれています。すでに現場であるポジションを担っている人が、ICを兼任するわけにはいかないのでしょうか?

西山:「その作品の間だけ、その人がICだけをやる」ということであれば成立すると思いますが、プロデューサーや制作スタッフの誰かがICを兼用となると、役者は素直に自分の意見を言いづらくなります。キャスティングを握っている人に対しては、本意でなくとも「大丈夫です」としか言えないですよね。

 制作スタッフの場合も「この人に言ったら他の人に漏れちゃうかも」と思ったら苦しみは素直に伝えられなくなる。ICは独立したポジションで、外から入るべきだと思います。