甘くなったメディアの目、そしてはびこる「説明する気がない候補者」

 細野氏は興味深い政治家の生態を詳らかに話してくれた。そのなかのひとつのくだりにメディア批判があった。

 曰く、新聞社の余裕がなくなり、また働き方改革やネットなどへの出稿量増加や議員の居所のセキュリティ強化もあり、夜討ち朝駆け的な食い込みは難しくなっている。政策の複雑性は増し、難しい政策課題については、記者クラブに対して非公式に政策レクを行っているという。すると、その内容がそのまま発表原稿になりがちだというのだ。以前と比べても批判的に読み解くメディアの力が弱まっているというのが、細野氏の見立てだ。筆者も同意する。

 確かに新聞の記事は縦割りで作られる。もっぱら政局や政治動向の記事は政治部が、政策の深掘りを手掛けるのは政治部というより社会部や経済部、それぞれのテーマに関する特別取材班等の仕事だ。

 筆者の本業のメディア研究の観点でいえば、社員、記者の数、支局の数も劇的に減少している。そのなかで政局報道はさておくとして、専門性の高い政策の周知や掘り下げが浅くなっているとしても違和はない。

 今回の総裁選のもうひとつの特徴は多様なネットメディアへの出演が活発だったことにある。従来、自民党はネット討論会の主催者をほぼドワンゴに限定してきた。だが今回はラインヤフー社の討論会も実現した(「自民党総裁選2024 ネット討論会」)。特にLINE VOOMという動画配信のそれは筆者が見ているそばから当日に100万回近いのべの再生回数を刻んでいた。

 その他にも各候補が実に様々な、それは要するにカジュアルな媒体も含めてこれまで自民党が見向きもしてこなかったようなネットメディア、インフルエンサーの企画を受けていたのが印象的だった。次の総選挙へのウォーミングアップか、テストと見るべきだ。

 自民党は広報にもっとも積極的な政党だった(拙著『メディアと自民党』(KADOKAWA)など)。代理店、PR会社の活用に長けているのみならず、自組織の広報能力の蓄積も進んでいる。前回総裁選のときも、コロナ禍の影響が残るなか公募で集められた人たちとzoomを繋いで総裁候補らが各政策について質疑応答をし、その模様がYouTubeなどで配信されるという企画があり、数十万回程度と相当に再生されていた。自民党が試行錯誤を積み上げていることがわかる。そこで重要視されているのはファンを囲い込み、忠誠心を高める手法だ。

 動画配信にはファンや視聴者の囲い込みという性質がある。支持層を固める一方で、多様な視点からの批判的検討や態度変容の機会を難しくするともいえる。自民党支持層に限ったことではないが、主要なメディア環境の変化によって熟慮がますます難しくなっている。

 こうした政党、特に自民党の情報発信能力の向上に対して、メディアの企画はまだまだ表層的だ。アメリカ大統領選挙でしられるようになったリアルタイム・ファクトチェックだが、そのような企画を行うメディアはマスメディア、ネットメディア問わずいつまで経っても日本では登場しない。

 新参のネットメディアに求めるのは酷で、放送事業者は放送法の制約を受けるので難しいかもしれないが、規制の少ない新聞社や他の媒体も含めてネットならなんら問題ないはずなのに、である。蓋を開けてみれば、今をときめくお洒落なネットメディアも、旧態依然としたマスメディアも企画に大差がなく、表層的な横並び状態だ。

 総合して何がいえるのか。説明する気がない候補者に政党。到底、内憂外患状態の日本の将来を背負っているという自覚が感じられないその主張と政策。「推し」ばかりが目に入り、議論しにくくなったメディア環境。贔屓の引き倒しでは笑うに笑えない。なにせ今日選ばれた候補者が次の総理大臣に就任するのだから。

 新しい総理大臣はいったいどのような手腕を見せるのか。一刻の猶予もない。老獪ともいわれる(しかし近年党を率いて選挙で大勝した経験には乏しい)野田佳彦元総理が立憲民主党の新代表に選出された。すでに臨時国会での論戦要求を仕込んだ発言を繰り返している。

 果たして臨時国会で彼との論戦に挑むのか、早期解散に打って出るのか。ひとつひとつの打ち手が今後の政治スケジュールに大きく影響し、自民党と日本の今後を左右する。一連の総裁選の経緯も含めて、判断と評価の糧としたい。