(西田 亮介:日本大学危機管理学部教授、社会学者)
伊豆大島はやはり東京都だった
しばらく前に伊豆大島を訪れた。伊豆大島といえば、海、椿、そして川端康成の『伊豆の踊り子』やゴジラを思い浮かべる人も少なくないだろう。
1984年版『ゴジラ』は伊豆大島の三原山の火口にゴジラが足を踏み入れて幕を下ろし、1989年『ゴジラvsビオランテ』でやはりこの三原山でゴジラは復活する。かくして平成ゴジラが幕を開けるのだ。
筆者が子どもの頃初めて見たゴジラはこの『ゴジラvsビオランテ』でとても印象に残っている。熱心なゴジラファンにとって伊豆大島は聖地のひとつなのだ(ただし、島内の有名な温泉近くにゴジラ岩などもあるのだが、説明があるわけでなしどうも冷遇されている?)。
そんな東京の離島、大島に限らずいわゆる伊豆七島を訪れたのはおよそ15年ぶりのことだった。最後に訪れたのは新島だった。そのときはサーフィンと観光の研究のために島を訪れた。筆者の専門は政治とメディアの研究だが、悪食でこれまでいろいろな研究に手を出してきた。若い頃に、何本か、趣味のサーフィンと絡めてそんな論文も書いたのである。
さらに遡れば単に趣味で新島を訪れたことが何回かある。知人らと東京は浜松町の竹芝桟橋から夜行船の安い2等船室のチケットを買って、近くのコンビニで買い込んだ安酒片手に、船の甲板で事実上、雑魚寝状態で、翌朝に島に着いて、いそいそとサーフィンに赴くのである。体験したことのない非日常感を今でも覚えている。式根島を観光で訪れたこともある。
それからずいぶん時間が流れた。
伊豆大島を訪ねるのは初めてのことだが、竹芝桟橋からジェットフォイル船で約2時間。なんと時速80キロだという。利便性は確実に増したが、船窓から長く見えるのはサーフィンで彼の地に通うだけに見慣れた房総半島の輪郭と海岸線、その後はただ広がる海。正直少し味気ない。ぼーっとしているとあっという間に着いてしまう。
伊豆大島について何を知っているだろうか。少し調べてみた。
伊豆大島は伊豆七島で最大の島で、直近の人口は6870人。自治体の区分でいえば大島町というのが正式名称だ。
1995年の人口は9693人であったことから、この30年間で人口が約3割減少したことになる。他方で、65歳以上の老年人口は同じ30年の間に2212人から2721人へと2割増加し、15歳未満の年少人口は1487人から687人へと5割超減少している(大島町「令和5年度大島町町勢要覧」「第二期大島町まち・ひと・しごと創生総合戦略大島町人口ビジョン」)。国を上回る凄まじい人口減少と少子高齢化であり、相当に厳しい現状だ。
昨年策定された東京都の「東京都離島振興計画(令和5年度~令和14年度)」によれば、大島町の主要産業は第3次産業。就業者3682人のうち7割以上の2808人が第3次産業に従事しているという。観光関連産業や役所などが該当すると思われる。離島の産業といえば、漁業や公共事業ではないかという考えがステロタイプであることがわかる。大変現代的なのだ。
現代的ということでいえば、町にはチェーン店のコンビニやスーパーはなく地場の店舗に限られる。だが聞いたところでは、当日や翌日というわけにはいかないもののなんと大島にもAmazonが届くのだという。これは便利だ。Amazonをポチることができるのであれば、十分都市的な生活を営むこともできそうだ。やはり伊豆大島は東京都なのである。