円安調整のために不可避なインフレ

 以上の議論は名目ベースの現在地を確認したものだが、依然として大きい内外価格差を踏まえれば、実質ベースで見た円安の度合いはさらに強まる(実質実効為替レートで見た円は今年5月時点で1967年11月以来の低水準だ)。

 2024年2月の寄稿「円安を調整するのはインフレ経済か?人手不足と賃金上昇はもはや既定路線の日本経済」でも論じているが、実質ベースの通貨安部分はFRB(米連邦準備理事会)の利下げだけでは挽回されず、多少なりとも日本のインフレという現象がなければ調整が進みづらい。

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 最近、円と並んで頻繁に引き合いに出されるトルコリラやアルゼンチンペソは高インフレゆえの下落であり、その一方で自国通貨建て株価指数は堅調に推移している。日本がそれらの国の仲間だと言うつもりはないが、状況証拠は揃いつつるようにも見えるのが怖いところである。

 この点も、今年2月の寄稿「【日経平均・最高値更新の読み方】株高も円安も、不動産や高級時計の値上がりも、すべてインフレによる必然の帰結」で議論しているゆえ、ご参考にしていただけるかと思う。

※寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です。また、2024年7月2日時点の分析です

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唐鎌大輔(からかま・だいすけ)
みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト
2004年慶応義塾大学卒業後、日本貿易振興機構(JETRO)入構。日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、「EU経済見通し」の作成やユーロ導入10周年記念論文の執筆などに携わった。2008年10月から、みずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)で為替市場を中心とする経済・金融分析を担当。著書に『欧州リスク―日本化・円化・日銀化』(2014年、東洋経済新報社)、『ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで』(2017年、東洋経済新報社)、『「強い円」はどこへ行ったのか』(2022年、日経BP 日本経済新聞出版)。