「田原くん、なんとオヤジが君の返金をOKした」

田原:インタビューした後に、田中さんが封筒を出して僕に渡した。官房機密費からの100万円だった。その場では突き返さなかったけれど、すぐに田中さんの事務所に行って、返却したいと申し出た。

 そうしたら、田中さんの秘書だった早坂茂三さんから「田原くん、このカネを返すとオヤジは怒るぞ」「オヤジは自民党も野党も全部仕切っているから、明日から誰も取材できなくなるぞ」「覚悟しろ」と脅かされた。1時間くらい話して、それでも僕はカネを返してきた。

 そうしたら2日後に早坂さんから電話がかかってきて、「田原くん、なんとオヤジが君の返金をOKした」と言われた。あの時に田中さんが僕を本当に締め出したら、この世界では生きられなかった。以来、むしろ田中さんから非常に信頼されるようになった。

──さすがに今はもう、政治家がメディアにカネを配ることはなくなりましたよね?

田原:大っぴらに配らなくなったのは小泉内閣から。

──「野党をもっと強くする」というお話ですが、野党はなかなか強くなりません。

田原:ヨーロッパでも、アメリカでも、しょっちゅう政権交代がある。野党が強いから政権交代が起こる。政権交代がないのは、日本と、中国と、ロシアだけ。中国もロシアも全体主義だから、民主主義の国で政権交代が起きないのは日本だけだ。

 立憲民主党も、日本維新の会も、国民民主党も「今の状態が一番いい」というのが本音だと思う。自民党を批判していれば当選できる。政党助成金で安定した生活を送れる。楽なポジションだよね。

 政権なんか取ったら大変だと本当は分かっている。だって、この国をどうしたらいいか分からない。そんな勉強を野党は全くしていない。

──確かに経済政策も安全保障でも、与野党に際立った違いは見られません。

田原:安全保障に関して言えば、与党も野党も両方とも政策を持っていない。憲法と自衛隊は大矛盾している。憲法9条2項で、日本は「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と書いている。戦力は持たないと言っているけれど、自衛隊はいざとなれば戦う。大矛盾している。

 日本に憲法を押し付けたのはアメリカだけれど、自衛隊を今の形にするように求めたのもアメリカだ。朝鮮戦争の時に、日本を強くする必要があった。だから自衛隊を作った。アメリカの対日戦略はだんだん変わってきている。

 戦後、鳩山一郎元首相も、岸信介元首相も、憲法改正を考えた。大矛盾しているのだから当然だ。ところが、野党の反対が強くてできなかった。池田勇人元首相も、佐藤栄作元首相も「憲法改正」とは言わなかった。

 僕は佐藤さんと、佐藤さんの内閣で大臣だった宮澤さんに、「国を騙している」「総理を辞めるべきだ」と迫った。でも、僕はその時の2人の説明にすっかり納得した。

 宮澤さんは「日本人というのは自分の体に合った服を作るのが下手だ」と言った。身の丈に合わないことをしたから、アメリカと戦争をして負けた。だから「押し付けられた服に体を合わせるしかない」と言う。

 つまり、日本に平和憲法を押し付けたのはアメリカだけど、その分、こちらは全面的に安全保障をアメリカに委ねるという意味です。