5月14日に、ウクライナのキーウを訪れたブリンケン米国務長官はゼレンスキー大統領と会談し、米国内のロシア資産を差し押さえ、その資産をウクライナの再建に使うと述べた。また、ウクライナのNATO(北大西洋条約機構)入りに向けて働きかけていくとも語った。その3週間前には、米議会でウクライナへの610億ドル(約9.5兆円)の新たな軍事支援を盛り込んだ予算案が可決している。
米国はこの戦争をどこに着地させようと考えているのだろうか。『現実主義の避戦論 戦争を回避する外交の力』(PHP研究所)を上梓した、元外務省事務次官で大阪大学特任教授の薮中三十二氏に聞いた。(聞き手:長野光、ビデオジャーナリスト)
──「ウクライナ戦争が勃発する前に、どうして世界はロシアを止めることができなかったのか」という問題意識を世の中がもっと持つべきではないか、と本書に書かれています。
薮中三十二氏(以下、薮中):「プーチンはウクライナに侵攻することを決めていた」「この戦争は不可避だった」と多くの人がそう結論づけていますが、「なぜロシアはウクライナ侵攻に踏み切ったのか」「その時に米政府はどう対応したか」という検証は、まだ日本でも米国でも本格的に行われていません。私は明らかにおかしいと思います。
プーチンは旧ソビエト帝国の領土を取り返したい。ウクライナは昔から同胞だから力で取り込むと決めていた。外交で止めることなどできなかった。そう語られがちですが「本当にウクライナ戦争を外交で止める力はなかったのか」という点は少なくとも検証すべきです。
2021年秋に、ロシアが10万人規模の軍隊を国境に張り出した。この時に米政府の関係者は「米国は軍事的に介入しない」と表明しました。これでは「行ってくれ」と言わんばかりの対応です。
──外交でロシアを止められる可能性はあったのでしょうか?
薮中:私は外交で止めるチャンスはあったと思います。この時に、一生懸命止めようと努力したのはフランスとドイツでした。マクロン大統領は何度もプーチン大統領と電話会談を行い、最後はモスクワで会い、長いテーブルの端と端に座って会談しました。結局止めることはできませんでしたが。
プーチンを止めることができるのは、米国だけだったと思います。NATOと言えば米国であり、核大国のロシアに対抗できるのも米国です。
ロシアの対米要求は、ウクライナをNATOに入れないことです。それを米国に文章で確約してほしい。
ウクライナ戦争勃発直前の2021年1月21日、米国のブリンケン国務長官と、ロシアのラブロフ外相がジュネーブで30分間会いました。こんなに短い会談は、我々の感覚だと交渉とは言えません。
この時に、ラブロフ外相は「ウクライナのNATO入りは認めない」と確約してほしいと頼み、ブリンケン長官は「そんなことはできない」「どこの国でも手を挙げるのは自由だ」と言って応じなかった。
でも、この言い分はあまりにも形式的だと思います。交渉であれば、いくらでも他の提案はできたはずで、外交官であれば、10や20の手はすぐに考えることができる。
たとえば、「米国とロシアの共通の理解として、ウクライナのNATO入りは当面はない」という「見通しを共有する」などといった対応です。これだったらNATOのオープンドアポリシーにも反しません。
もちろん、それでロシアが踏みとどまったかどうかは分かりません。そこから交渉が始まり、徹夜で交渉するのです。
ところが、ブリンケン長官がロシアへの塩対応をどう説明したかというと、「ロシアはそもそもGood Faith(誠実)に話す用意がない」と言いました。誠意を持って話す用意がないから、話をしても意味がないということです。
──ブリンケン長官はウクライナ戦争の前から、ロシアは信用できないと何度かメディアで語っていました。
薮中:ブリンケン長官は元外交官ですが、もし彼が、本当にロシアが不誠実だから話ができないと突っぱねるとしたら、外交官失格です。
たとえば、北朝鮮と話をする時に、Good Faithに出てくるはずがありません。それをなだめすかしながら、いろんなアプローチで交渉していくのが外交です。六カ国協議だって、日米韓が一体となって働きかけおいて、中国が北朝鮮に強力に働きかけてやっと成立させたのですから。