
米国で「キリスト教ナショナリズム」への警戒感が高まっている。移民やLGBTに寛容さを欠くトランプ氏の政策は、米国はキリスト教国家であるといった主張を掲げる「キリスト教ナショナリズム」の影響を受けているとの指摘がある。そんなトランプ氏に対し、ワシントン大聖堂での礼拝でマリアン・バディ主教が慈悲深くあるべきだと説教し、世界中から注目を集めた。トランプ氏を勢いづかせるキリスト教ナショナリズムとはなにか。そして、トランプ氏が敵視するバディ主教と歌手テイラー・スウィフト氏に共通する危機感とは。
(楠 佳那子:フリー・テレビディレクター)
「神の名において。現在私たちの国で、恐れを抱いている人々に慈悲の心を」
一見、どこのキリスト教の日曜礼拝やミサでも聞かれそうな説教が今月21日、全米の話題をさらった。この言葉が、米大統領就任の恒例行事であるワシントン大聖堂での礼拝で、他ならぬトランプ大統領に向けて発せられたからである。
説教したのは2011年、ワシントン初の女性教区司教に選ばれたマリアン・バディ主教(65)。トランプ氏は大統領就任早々、大量の「外国人犯罪者」を追放するとし、また政府の公式方針として、米国には男性と女性という2つの性別のみを認めるとした。社会的マイノリティである移民やLGBTコミュニティを、あからさまに排除する政策を明確に宣言した。
トランプ氏は就任演説で、大統領選さなかの暗殺未遂事件に触れ「米国を再び偉大にするために神に救われた」と、あたかも自分が神より選ばれし者であるかのように主張した。
バディ主教はそんなトランプ氏を壇上から見据え、穏やかな口調でこう諭している。
「(諸政党の家庭には)ゲイ、レズビアン、トランスジェンダーの子供たちがおり、生命の危険を感じる者もいる。農作物を収穫したり、オフィスビルを掃除したりする人々。養鶏場や食肉包装工場で働く人たち。レストランで食事をした後に皿を洗ったり、病院で夜勤をしたりする人たち。彼らは国民でなかったり、適切な書類を持っていなかったりする可能性もある。しかし、移民の大多数は犯罪者ではない。税金を支払う、良き隣人だ」
そして、大統領の移民追放政策により親を連れ去られることを恐れる子供たちや、紛争などにより迫害を受け、逃れてきた人たちにも想いを馳せるようにも説いた。神は見知らぬ相手に慈悲深くあるべきだと教え、さらに、米国民が皆かつてこの地において見知らぬ他人同士(移民)であったとも話した。
後日メディアの取材で、バディ主教は壇上からトランプ氏に直接語りかけたと答えている。トランプ氏と共に最前列に座っていたのはメラニア夫人とバンス副大統領夫妻、後ろにはトランプ氏の子女などがずらりと並んだ。ちなみに、メラニア夫人はスロベニアからの移民、バンス副大統領のウシャ夫人はインド系移民2世である。
破壊的な言動で知られるトランプ氏と、その一族や支持者を前に、同氏の政策をいさめるような話をするのは、勇気がいることだっただろう。バディ主教の姿勢は、就任式に顔をそろえ自らの利益のためトランプ氏にすり寄るテック大手のトップやオーナーらの態度とは雲泥の差である。