テイラー・スウィフト氏が涙した社会の分断

 スウィフト氏は2013年、あるDJからスカートをまくられて尻を触られるという性的暴行被害に遭った。目撃者が多数いたこともありこのDJは解雇され、スウィフト氏側はこのことを内々に処理していたが、このDJが数年後にスウィフト氏を名誉毀損で訴えた。スウィフト氏側は元DJを性的暴行で反訴し、2017年に勝利している。

テイラー・スウィフト氏(写真:AP/アフロ)

 心に深い傷を負ったスウィフト氏は、それまでの政治的発言を行わない立場を転換。2018年の中間選挙で、トランプ氏を支持する現職の上院議員に反対票を投じると宣言した。この上院議員が、女性の権利や、暴力やストーカー行為などから女性を保護する法律に反対し、さらには同性愛カップルへのサービスを拒否する権利を主張していたからだ。このスウィフト氏の行動を受けて、当時大統領1期目だったトランプ氏は「テイラーの音楽は25%ほど嫌いになった」と発言している。

 2020年に公開されたドキュメンタリーでは当時、父親などスウィフト氏のマネジメント側がトランプ氏らの報復を恐れ、民主党候補への支持表明を止めさせようとする場面が登場する。その時スウィフト氏は、「これがテネシーのキリスト教的価値観」だとテレビCMで連呼する共和党現職の差別的な主張を許せないと述べ、「私はテネシー在住のキリスト教徒。これは私たちの(キリスト教的)立場ではない」と涙ながらに訴えている。

 結局、その選挙では現職の共和党候補が勝利した。その経験からスウィフト氏が作った曲が「Only The Young」だ。若い世代に希望を失わないように、との願いが込められている。

 バディ主教やスウィフト氏は、自分たちの信仰するキリスト教の名のもとに、トランプ氏らが過激な差別的行動を横行させることを許さぬ姿勢を示している。それは、元々のキリスト教の教義に近しい思いだろう。彼女たちが国家元首から公然と激しい言葉で脅され、迫害されるなどということは、断じてあってはならないことだ。

 共和・民主という政治的分断のみならず、人々の信仰にすら分断を生じるトランプ氏や支持者らの行動は、神の目にどう映っているのだろうか。

楠 佳那子(くすのき・かなこ)
フリー・テレビディレクター。東京出身、旧西ベルリン育ち。いまだに東西国境検問所「チェックポイント・チャーリー」での車両検査の記憶が残る。国際基督教大学在学中より米CNN東京支局でのインターンを経て、テレビ制作の現場に携わる。国際映像通信社・英WTN、米ABCニュース東京支局員、英国放送協会・BBC東京支局プロデューサーなどを経て、英シェフィールド大学・大学院新聞ジャーナリズム学科修了後の2006年からテレビ東京・ロンドン支局ディレクター兼レポーターとして、主に「ワールドビジネスサテライト」の企画を欧州地域などで担当。2013年からフリーに。