日本製鉄によるUSスチール買収を支持する集会(写真:AP/アフロ)

日本製鉄による米国の製鉄最大手「USスチール」の買収問題が混迷を深めています。2025年1月初旬、退任直前のバイデン米大統領が突然、禁止命令を出し買収を阻止。これに対し、日本製鉄はバイデン氏を提訴。その後も全米第2位の製鉄会社が日本製鉄の代わりにUSスチール買収に名乗り出るなど異例の展開が続いています。トランプ政権の誕生で、問題はさらに複雑な道筋をたどりそうです。バイデン氏を被告とする裁判が2月3日に始まるのを前に、「USスチール買収計画」をめぐる動きをやさしく解説します。

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そもそもUSスチールはこんな会社

「この買収は、米国最大の鉄鋼生産者の1社を外国の支配下に置くもので、米国の国家安全保障と重要サプライチェーンにリスクをもたらす。強力な鉄鋼産業を米国が確保することは、私の大統領としての重要な責務だ」

 2025年1月3日、当時のバイデン大統領はこのような声明を発表し、日本製鉄によるUSスチールの買収を禁止する命令を発しました。新年気分が抜けないうちの大きなニュース。両社が買収契約を締結し、正式に公表したのは2024年12月18日のことです。それからわずか2週間余り後の出来事でした。

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 なぜ、こんなことになったのか、まずは経緯をおさらいしておきましょう。

 米国の繁栄を象徴する企業「USスチール」が誕生したのは20世紀初頭、1901年のことです。“鉄鋼王”のアンドリュー・カーネギー氏が所有していたCarnegie Steel社を、モルガン財閥創始者の率いるFederal Steel社が1900年に買収。その翌年、さらに鉄鋼9社を吸収合併して生まれました。

 USスチールは誕生時、米国の鉄鋼生産の7割を占有する巨大企業でした。時価総額は世界で初めて10億ドルを超え、米国の国家予算の2倍に達する規模だったとされています。カーネギー氏はこの取引で世界一の富豪となり、のちにカーネギー財団やカーネギー・ホールを設立。文化や教育分野にも深い関心を持つ慈善活動家としても知られるようになりました。

 USスチールは米国産業界の心臓部であり、多くの米国民にとっても「強い米国」の象徴だったのです。世界一の鉄鋼メーカーになったUSスチールは労働者の賃金面にも大きな影響を与えるようになります。そして、最盛期には約34万人となった同社従業員の労働組合は、民主党の強固な支持基盤となりました。

 ところが、第2次世界大戦後は産業の構造変化などに伴い、USスチールは世界的に競争力を失い、製鉄市場の主導権は日本勢や欧州勢に、その後は中国や韓国の企業に奪われていきます。USスチールの本社工場が置かれているペンシルベニア州のピッツバークなど米国の中西部から北東部にかけては鉄鋼や自動車、機械など重厚長大産業の集積地でしたが、近年は「ラストベルト(錆びついた工業地帯)」と呼ばれるようになっていました。

 そうしたなか、起死回生策としてUSスチールは、日本製鉄の100パーセント子会社になる決断を下したのです。