バイデン前大統領はなぜ「NO」を突きつけた

 USスチールと日本製鉄の契約が最終合意に達した2023年12月時点で、USスチールの従業員は1万5000人弱。粗鋼生産量は欧州での事業分を含めても1449万トンで、世界27位にとどまっていました。

 一方、日本製鉄の粗鋼生産量は世界3位で、USスチールを傘下に収めると世界2位に浮上します。日本製鉄による買収価格は1株55ドル、日本円に換算すると総額で約2兆円。近年稀な大型の企業買収案件です。

 両社の合意後、この買収計画については、米国の対米外国投資委員会(The Committee on Foreign Investment in the United States=CFIUS)が審査を続けていました。CFIUSは外国企業が大型の対米投資を行う場合、国家安全保障上の懸念が生じないかどうかを審査する省庁横断型の組織です。しかし、CFIUS内では意見がまとまらず、2024年12月にバイデン大統領にこの買収計画の最終判断を委ねていました。

 そして前述したように、退任間際のバイデン氏は「NO」を突き付けたのです。

図:フロントラインプレス作成
拡大画像表示

 買収禁止命令が下された際の声明で、バイデン氏は「鉄鋼の生産と鉄鋼産業の労働者は米国の屋台骨であり、国のインフラや自動車産業、防衛産業の基盤を支えている」と強調。そのうえで、「外国企業による低価格の鉄鋼製品が世界市場で投げ売りされるという不公平な貿易慣行が長く続き、米国の鉄鋼会社は雇用の喪失と工場の閉鎖に直面してきた」と強調し、日本製鉄による買収を阻止することは、米国の産業と雇用を守る最善の道だと説明したのです。

 バイデン氏の決断に対し、全米鉄鋼労働組合(USW)のマッコール委員長は「バイデン大統領の決定を歓迎する。決断は組合員や国家安全保障にとって正しいものだ」との声明を発表し、買収禁止を歓迎しました。マッコール氏は従来から「日本企業はルール違反の常習者だ」と批判。日本製鉄に買収されたら、雇用を守るなどという事前の約束は反故にされて合理化が進むとして、買収計画には一貫して反対していました。ですから、歓迎姿勢は当然だったと言えます。